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東洋美学の精華
なぜ、ありのままの花木を愛でるのではなく、
挿花として挿けなおすのか。
未生挿花の美学、花矩、花材、花道具の扱い、諸事作法には、
陰陽五行に則り、東洋思想すべてに通底する、
天地和合の美と哲理がある。
『本朝挿花百錬』を第一として、未生流の伝書七軸を解析、
一冊に集成した花の美学書。
著者 未生流総家家元 和田高甫
発行 創元社
定価(本体2,000+税)
ISBN4-422-70035-9
Lecture 1 未生の理
1 未生大意
自然の草木というものは一般的には、情もなく心もなく非情無心のものとされている。しかし風や雨、雪や霜などの自然の影響を人よりも素直に受ける。山谷水陸と至るところに生じ、日・月という太陽と月の両光の恵みをふんだんに受けて、草木は四季それぞれの姿をもつ。我々は、草花が早く咲かないかと待ちこがれ、花が散っていくのを惜しむ。そして風雅ある花の姿に心をとらえられる。このように草木は、造化自然の働きを敏感に、且つ素直に受け入れるものである。無形のものより有形のものに変化することを「造」といい、また有形のものより無形のものに変化するを「化」というが、この「造化」という自然の大きな働きは常に変化して止むことはない。そして、その自然の働きに我々は、美という感動を知るのであろう。
ただ、この自然の姿を未生流挿花として、花形という一瓶の姿に置き換える意義はどこにあるのだろうか。自然にある姿こそが正しい姿で、そこにこそ本来の美があるのではないのか。その答えとして、草木というものは「地気の濁り」というものを自然に持っているものであるが、その「地気の濁り」を取り去り、清らかな姿にするところに未生流挿花としての意義がある。この天と地という概念が生じた時、清い気は昇華・上昇して「天」となったが、いっぽう濁った気は「地」に下降したという。よってこの地上には「地気の濁り」があるといわれている。そのため草木は塵芥清濁の区別なく地上に生じ、例えば未生流挿花で禁じられ、忌み嫌われる禁忌(本来あるべきではないもの。美とはいえないもの。)の姿を持つものもある。故に草木の濁りともいえる禁忌をなくして、清潔なものにするところに未生流挿花の意義があるのだ。醜美を兼ね備えた自然が正しいものではないと言っているわけではなく、人をもてなすときには、美なる草木でもって行い、また自身の賞美の花とする時には、本来あるべきではない内にあるこころを、草木の美なるものでもって浄化するのである。後に詳細を述べるが、「三才の位」を備え、「陰陽のかよい」をもって、「虚実の理」に基づき「和合」を整える。これが未生自然の花なのである。
人を始め鳥獣虫魚に至るまで、「情」をもつ有情の動物は胎内でひとたび形を成したならば、生気がみちて魂が内に宿るものである。故にこれを断ってしまえば「気」は絶え、魂は去って再び生気を戻すことはない。しかし一概にはいえないものの、草木は一般的には非情無心のものとされ、「気」は動物と違って、内に留まることなく外皮と中の木部との間を通い、これを伐ったとしても生気が尽きることはない。つまり、草木の魂は、その内なるところを自在に動き回っているものと解釈できよう。また、この草木の生気を養うには「水」と「火」でもってこれを保つものである。伐った草木を土によって養ったとしても、それならばむしろ伐らないほうがましであり、よって未生流挿花としては土で草木を養うことはない。
天地にあるふたつの対極する大きな動きである「陰と陽」「動と静」また「盛と衰」というようなものは、「水火寒暖」の往来によって生じるものである。性気の盛んな時は暖となって動く。これを「陽・陽中陽」という。また性気の静かなる時は寒となって動かない。これが「陰・陰中陰」である。暖が究まると寒の兆しを含んで動かず、すなわち陰を含んだ陽の状態「陽中陰」となる。そして一方で、寒が究まると暖の兆しを含んで動く、すなわち陽を含んだ陰の状態である「陰中陽」となる。
つまり万物はすべて「陰陽寒暖」という、二元対立する理に応じて常に変化するものである。このことをよく理解し、草木のそれぞれがもつ本性に従って「水」と「火」でもってこれを養うのである。草木の生まれてきた造化自然の生態というものを深く見極め、「陰陽消長の理」を守り、未生流の花矩として移すことが大切であるといえる。
天地という概念が未だ分かれず(天地未分以前)、我々や草木を始めとする万物が未だ形となって現れる前(父母未生以前)は、根源的・一元的な世界であった。その一元的なものから、「陰陽」という二元対立の概念が生じるに至って、そしてまた「造化」という様々な変化が繰り返され、地上にあるもの万物全てのものが生じていった。未生挿花における未生自然の花矩とは、未だ生じざる真理「未生」という「体」と、そして「自然」という働きの「用」という、体用相応した姿を追求するものである。
2 天円地方和合
未生挿花における、真の形というものはどのようなものであるか。結論から述べると、その花矩の規矩、つまり形は「天円地方の和合」という、ひとつの観念に集約される。
「天」は根元的な一元的なものとして、時間・空間の概念に於いて無限性を持っている。天は始まりもなく終わりもなく万古運行して瞬時も休息するようなことはない。その現象は「動」であり、その無限性を形で表現すると「円」となる。また一方で、「地」つまり地球は天界中にあって、その位置をひとつに定め、地上の万物万象はこの地によって生じ、そして育まれる。その現象は「静」である。「地」には東西南北があり、また上下左右の四方がある。そのため「地」を形に求めると「方」になる。
「地」に在る有形有限の万物万象の表面的な現象の裏には、この「天円」という無形無限の本質が表裏一体となって存在する。この本質である「円」と現象である「方」という、相対的な関係を持つ「天円地方の和合」の姿が未生花矩の基盤となっているのである。
円の中心から左右上下へ+の経緯線を引き出し、横に引く経線の上下、また縦に引く緯線の左右が円線と交わった点を、それぞれ南北・東西とする。この東西南北の四隅をもつ方形を南北の線で、東西の二点を合して二つ折りにし二等辺三角形を作りだす。この三角の鱗形は「天」と「地」の間にある形あるものの形成の基礎であるといえる。すなわち、この三角形が転化して変移していくことによって、様々な形・物質が生み出されるのである。未生流の花矩は、この万物の基盤といえる二等辺三角形の鱗形を以って作られており、この鱗の形がそのまま挿花の形となっている。
この二等辺三角形の花矩は、表裏が備わったものである(表裏花矩)。詳しく述べると、この未生流花矩の基本である三角形の鱗形はその中心でふたつに分け二分すると、小さな三角形が二つ出来る。もともとの大三角形の表尺(陽)が、二分した小三角形の裏尺(陰)となり、いっぽう大三角形の裏尺(陰)は、小三角形の表尺(陽)となる。更に二分すると同様の変化が生じる。このように尽きる事なく二分し続けていくと、表裏陰陽は際限なく変化していくのである。陰と陽が減少したり増加したりする「陰陽消長」という未生無限の理念が、ここに現されているのである。
また、この三角形は主位(陰)・客位(陽)という陰・陽の両極を備え、先程述べた表矩・裏矩というように、大中小に絶えることなく変化し続ける。花葉に大小、枝に長短と、さらに内外表裏というような両極のものを備えて花を挿け、丸葉・黄葉・枯葉・紅葉のものを挿ける。つまり、ひとつの花矩に陰陽という両極の概念を同時に備える。その陰陽の両極なるものの和合する姿を追求する。「天円」と「地方」が合形し結びつくことで生じた陰陽という働きを知り、その両極なるものの和合するところ、すなわち「陰陽和合」に未生本質に在るひとつの理を感じ取るのである。
そしてまた「左旋」と「右旋」という物事・草木の現象を知ることも必要である。天は陽であって、そのために左旋する。いっぽう地は陰であって右旋する。この働きは心眼でしかわからないものであるが、この「左旋」と「右旋」の働きを感じ取ることも大切なことである。易の基本とされる中国の「河図洛書」には、円を現す「河図」は相生をもって序となす故に左旋であり、いっぽう方を現す「洛書」は相剋をもって序となす故に右旋であると記されている。また古事記・日本書紀にも「陽の神は左旋し、陰の神は右旋する」とされている。
なお、地中に陽の気がある時に生じる草木は左旋し、地中に陰の気がある時に生じる草木は右旋すると言われている。すなわち「天円・陽」の影響を地の中で受けたときは左旋し、一方で「地方・陰」の影響を地の中で受けたものは右旋するのである。地中に陽気を含む時は、「冬至」の季節であり、この陽気が地上に発生する時は「春分」である。よって冬至より春分にかけて生じる草木は左旋するものとされている。また一方、地中に陰気を含む時は「夏至」であり、この陰気が地上に発生する時は「秋分」である。よって夏至より秋分にかけて生じる草木は右旋するものとされている。さらに、春分より秋分に種を蒔いて生じるものは右旋する。これは地中に陰気があるためである。いっぽう、秋分より春分に種を蒔いて生じるものは左旋する。これは地中に陽気があるためである。このように草木は、天と地の両気を素直に、且つ敏感に受けて生じていくのである。
3 虚実
未生流に「虚実」「虚実等分」という重要なフレーズがある。「虚実」の「虚」とは生命の空虚であって、人工的に創られた花矩を現す。また「実」は生命の充実であり、草木自然の出生を意味する。この虚実が等分にあることを示す「虚実等分」とはどのような状態を現すのだろうか。それは、草木の出生である「実」に従う一方で、不要の花・葉を取り、枝をため姿を整え、花矩という「虚」を備えて花瓶に移す。そして、花の姿に「虚」と「実」の両極を備える。これが未生流挿花の「虚実等分」の理である。虚実文質彬々たる処に万物の源があるのであって、虚実と文質(外見の美と実質)が調和しているところに美の本質を求めるのである。
花矩は「虚」であるが、天地人の三才を備えた花矩は万物の根源を意味するもので、すなわち「実」であると言う事も出来る。刈った草木は、地より引き出した時点で「虚」となり、その草木を「実」である花矩に挿けた時には、天地人三才の霊妙を備えて「実」に帰るのである。虚のものが実に成る。これを「虚実」という。そしてまた、草木が挿花として生気充実した「実」となったところで、この草木は花矩として構図という「虚」に再び変化する。実のものが虚となる。これを「実虚」という。
この「虚実」「実虚」の変化は天地自然の万物流転の流れでもある。自然の下でも一枝・一葉・一花に「虚実」があるといえる。自然そのままの姿「実」にある草木も、環境の変化に伴って「虚」に変化する。同じ姿で数百瓶を挿けたとしても、同じ形とならないのはこの「虚実」のふたつをもって未生花矩としているからである。
挿花の姿一体に「虚実」を備える。すなわち、自然にある「実」の草木を伐って、縦横の三角形の鱗形の法格を備え、また花葉の不用なところをさばき、真っ直ぐなるをため曲げ、根元を一本に収めて挿けたものは「虚」である。そして、考慮の才があるとされる人が花の美を感じ、その様々な想いが挿入された時に、また「実」に帰るのである。
無形のものが有形のものに変化するを「造」、いっぽう有形のものが無形に変化する「化」という。この「造化」の働きによって物事が変化しても、その本質は不変である。「虚実」もこの「造化」と同じであるといえる。すなわち、虚々実々変化していったとしても、未生自然の真理・本質から離れることはないのである。春に花や草木が生じる様は「造」、また冬に至って落花落草する様は「化」である。万物は「造」があって「化」があるもので、また逆も然りである。
人体は頭を上にもって成長し、鳥類獣類は頭を横にして成長する。草木は頭を下にして上に成長していく。先ず、人において述べると、腹が表で背中が裏と一般的に考えがちであるが、実はその逆なのである。腹は裏であり、背中は表である。人間は生まれる前は、胎内で腹(裏)を内として、背中(表)を外としている。しかし生まれてからは腹(裏)を正面に、背中(表)を後ろにする。すなわち人間は裏を表とし、表を裏として生活しているのである。左前を右といい、右前を左というのと同様に、陰陽・虚実が変化しているのである。虚実文質彬々たるところ「用」を成すところ、つまり機能を司るところは裏であって虚である。人も背中は「実」にして表、いっぽう腹は「虚」にして裏である。このように「用」を成す裏を表とするのは「虚実」の働きである。人は虚を正面にして、実を中に含んで生きているのである。
しかし、鳥類獣類は生まれたままの姿、つまり腹(裏)を内にしたまま生きていく。鳥類獣類は表裏の変化がなく、表は表であって、裏は裏としている。つまり「虚実」の変化が少なく、「実」である本能に従っているのである。この様は「実虚」、つまり実の本能のほうが前面にくる状態であるといえる。
また、花は人間と同様に、花の日表(裏)を下にして、日裏(表)を上にして成長する。開いた花の表としているところは、莟の時は日の当たらない内側、つまり日裏である。逆に莟の状態の時に日に当たる外側は日表なのである。花が開けば日表が裏となり、日裏が表となる。巻いて生じる葉も内を表にし、外を裏にしている。このように草木も人間と同じく、自然と「虚実の通い」を備えているのである。
4 陰陽和合
「虚実等分」と共に未生挿花において重要な理論として「陰陽和合」がある。陰と陽、つまり花葉に「大」「小」、そして枝に「長」「短」、「内」「外」、「表」「裏」と両極なるところを用いることで、花の姿に「陰陽和合」を備えるのである。
花の莟は「陰」、開は「陽」、そして半開は「和合」の姿である。よって「陰」である莟を一輪挿ける時には、ここに陰陽和合を備えるために、陰の中に陽の兆しを含んでいる「陰中陽」の状態とする必要がある。また「陽」である開のものを一輪挿ける時には、同様の考えより、陽の中に陰の兆しを含む「陽中陰」とするのである。
なお、右にさし出た枝は「陰」、左にさし出た枝は「陽」、そして下に出た枝は「陰」、上にでた枝は「陽」である。葉が程よく左右・上下に分かれ、調和している様にこそ「和合」の姿があるといえる。いずれにしても、草木の出生に従って、陰陽和合を備えることが肝要なのである。
「暖」が満ちる時には「寒」がこれを涼しめ、いっぽう「寒」が満ちる時には「暖」がこれを暖める。この「寒」「暖」というものは、総じて「陰」「陽」とされている。天地にある万物は「大地」の恵みと、「水」「火」による寒暖によって生育するが、この「地」と「水」と「火」の三つを「三光の枝葉」という。この「三光の枝葉」によって、万物は育まれているのだ。
5 五行五色
宇宙の活力となるものを「気」というが、この気は「陰」と「陽」の両気によって形成されているという。これが陰陽説である。一方、この地上にあるものは全て五行という「木火土金水」の五元素の働きの影響を受けているとする五行説がある。
この五行を色でとらえた五色を備えて、草木を一瓶に挿けるものと伝書に記されている。五色とは、三原色の赤・青・黄と黒・白の五つの色をいい、四方中央でもって五行の色である五色を現すものである。尚、この五色が互いに作用することで、万物にある様々な色が生まれたとされている。また逆説的に考えれば、自然の草木には自ずと五色が備わっているものであると考えることができる。すなわち、草木を挿けた姿の内に、その色彩的な本質である五色を感じ取ることが大切なのである。
五色とは「木・火・土・金・水」の五行の色をいう。東は「木」にして青色を、南は「火」にして赤色を、西は「金」にして白色を、北は「水」にして黒色を、中央は「土」にして黄色を現す。四方から中央に至って、この五色が生じるのである。
また未生挿花では、水をもって黒色を現すことがある。重陽の節句で五色を挿ける時には、体に白菊を、そして用に黄菊を、また留に赤菊を三才の格に挿け、菊の葉の青と、黒をあらわす水とでもって五色とするのである。
さらに、この五色の上の最上の色として紫がある。「太陽」「太陰」の和合する時、すなわち太陽と月の両気が相応する時、紫の雲がたなびくという。「太陽」である火の赤と、「太陰」である水の青が和合して、その結果として紫が生じるのである。時節としては、毎月十三・十四日あたりに月が東より出るとき、また毎月三・四日あたりに朝日が出て月が西に残るとき、このときに「太陽」「太陰」の両気が和合し紫の雲が現れる。この最上の色である紫は、禁色として安易に用いることを禁じている。挿花において、杜若のような紫の花を安易に一輪だけ挿けてはならない。この挿け方は最上の挿け方とされている。
6 草木人畜出生
草木は、「天火の恵み」つまり日の光を受け、また「地水の養い」つまり大地の栄養、水によって生じていくものである。草木の種は「陰陽寒暖の気」の影響を敏感に受けて、地中より地上へと出生していく。また草木は宿根より生じるものもあり、性質の強いものと弱いものがあり、さらに暖(陽)を好んで左旋(陽)し、いっぽう寒(陰)を好んで右旋(陰)する。このような草木の現象は、自然という陰陽寒暖の運行するところと一致し、四季の季節と「造化」の性を現すものである。以下に、草木の出生に関して述べていくものとする。
草木の「左旋」「右旋」することは、陰陽寒暖の往来によって起きるものである。つまり陽の影響を強く受ければ左旋し、いっぽう陰の影響を強く受ければ右旋するのである。
春の彼岸前後より五月夏至までは「少陽」の時候にあたる。「少陽」は「陰陽和合」の時節であるが、「陽」の気が多く地上にあり、いっぽう「陰」の気が多く地中にある状態である。よって、このときに地中より生じる草木は、内に「陽」である暖気をもたないために、地中の「陰」の気を多く受けて、朝顔や夕顔を始めとして蔓物に限らず、「右旋」して生じることが多い。しかし、このときに種を下すことなく生じる草木は、「陰陽和合」の時節に従い、すなわち寒暖の変化に関係することがないので「右旋」「左旋」と片寄ることなく生じる。
五月の夏至より秋の彼岸までは「太陽」の季節である。「太陽」は「陽中陰」の時節であり、陰の気は地中に含まれた状態にある。よって地中より生じる草木は、この「陽中陰」の時節に違うことなく、地中に在る陰気のために「右旋」して生じる。しかし、このとき水草だけは「左旋」して生じる。それは、水草が冷気を司る水によって生じるためである。水は「陰中陽」であり、すなわち内に陽気を保つために「左旋」するのである。
秋の彼岸前後より十一月冬至までは「少陰」の時候にあたる。「少陰」は「陰陽和合」の時節であるが、「陰」の気が多く地上にあり、いっぽう「陽」の気が多く地中にある状態である。よって、このときに地中より生じる草木は、内に「陰」である冷気をもたないために、地中の「陽」の気を多く受けて、水仙を始めとして草木は「左旋」して生じることが多い。
十一月より二月彼岸までは「太陰」の季節である。「太陰」は「陰中陽」の時節であり、陽の気は地中に含まれた状態にある。よって、麦・そら豆を始めとして、地中より生じる草木は、この「陰中陽」のときに従って、地中に在る陽気を受けて「左旋」して生じる。
春・秋は陰陽寒暖の気が片寄る事なく「和合」の季節であるので、人畜を始め草木に至るまで荘然としている。そして冬に至っては、性気あるものは内に暖気をもち、このため草木は「左旋」する。また人も暖を好んで、生き物は暖気あるところに進んでいく。これは「陰中陽」に因るところのものである。こと夏に至っては、性気あるものは内に冷気をもち、このため草木は「右旋」する。生き物は冷を好んで、日影や水辺など冷気あるところに進んでいく。これは「陽中陰」に因るものである。暖が極まると冷に進み、いっぽう冷が極まると暖に進む。これは木物陸草水草に至るまで、その出生の性理によるところのものでる。
このように華道を学ぶには、草木の出生を知ることが非常に大切なことである。諸木諸草に様々な姿があるのは、火と水と土の三気の影響によるものである。つまり「地水火」、大地の土と水、そして太陽の光でもって草木は成長し、且つその影響を受けて生じていく。また草木が地中より天中に現れるとき、縦に伸びる「陽」と、横に伸びる「陰」という陰陽和合した姿で生じていく。天は陽であり、いっぽう地は陰であるが、この陰陽・縦横というものが和合しながら草木は生じていく。以下に述べるところの、草木のそれぞれが持つ「出生」を理解して、未生自然を感じることが大切である。
実が熟して後に種となって内に二葉を含むこと、種より生じること、また宿根より生じること、草木の育つこと、直になること、曲がること、ねじれる事、しだれること、草木に節のできること、草木に内の透いた状態になること、枝のでること、芽ふくこと、花咲くこと、実のなること、実に良し悪しの味を持つこと、草木に善悪の匂いを備えること、竹の類で節の備えること、すべて根に節をもつこと、竹をはじめ草木に皮を備えること、草木に蔓の出来ること、花葉実に色が備わること、浮草・水草が出生すること、草木の枝葉を土にさして根のつくこと、葉の中に花の咲くこと、土はだに花の咲くこと、花咲かずに実のなること、花咲いて実のならないこと、実から生じて花咲くこと、花に好悪の匂いの備わること、花葉枝にさまざまな形を備えること。
以上のように、草木はそれぞれに様々な出生を持ちながら生じていく。この草木の「出生」を理解しなければ花を挿けることは出来ない。しかし、花が咲き実をつけても、草木は声を出すこともできず、「死物」のように動くこともかなわない。それ故に、草木を伐って挿花として愛でる時には、草木に「天地人三才」の霊妙を備える。つまり活きた「実なる花矩」に収めることで「活物」として取り扱うのである。
四季寒暖の変化で多様な表情を見せる草木が、「活物」でなく「死物」とはどういうことであるのか。人畜鳥虫は性として心があり、「活物」とされるものは眠りを知るものである。眠れば本性のみが明らかになり心・意・気情という感覚がなく、煩悩を去り「死物」に等しい状態となる。「阿吽の呼吸」というものがあるが、阿は「呼息」で「陽」、吽は「陰」であり「吸息」である。この呼吸という陰陽両気の往来があってこそ、体は養われるのである。人体も疲労すれば夢をみるが、無情の生物である草木は、常にこの眠ったときの状態と同じであって、言葉は悪いが常時「死物」の状態にあるといえる。すなわち、草木の花が莟・開花するのは、陰陽の呼吸と同じものであると捉えることができる。草木を手折り伐っても活物(生き物)が夢をみている状態であり、また皮と肉を通う「性」はあっても「情」というものはない。つまり、常に夢の中にある状態なのである。
常に夢をみている状態にある「草木」に対して、有情の活物は「胎・卵・湿・化」の「四生」がある。そしてまた、天上・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄の六道の中を、一段二段三段と至って輪廻していく。母胎から生まれる胎生、そして卵から生まれる卵生、また湿気より生じる湿生、ものが変化して生じるを化生といい、この四つをもって「四生」という。
尚、草木人畜出生の違いというものがある。人は頭に養いを受けて縦に成長し、獣鳥虫は頭に養いを受けて横に成長していく。いっぽう、草木は頭に養いを受けて逆に成長する。このような出生にあって、草木と人間は共に、自然と「虚実の通い」を備えていると前にも述べた。草木の葉裏に陽気を備えているのが自然にして和合である。葉裏はもともと日表であり、その日表のなかに陽気を感じて「陰陽和合」となるのである。
未生流の「体」は天地の間にあって動かない万物一体の「理念」である。そして「用」は四時に移り変わり千変万化して、また一なる体に帰っていく「働き」である。この「体」つまり万物の根元である「太極」が生じる前にあった「未生以前」の理を知り、そして草木を愛するこころを知る。未生挿花は単に花を美しく挿けるだけのものではない。万物の根元にある最も大切なものは何かと模索する事、そしてまたそれを感じることにこそ、花を挿ける意味があるのだ。
7 挿花全体の指南
万物かたちあるものは全て、表裏・陰陽を備えているものである。よって表裏が尽きることなく変化する三角形の鱗形をもって未生挿花のかたちとすることは前に述べた。この三角形の鱗型には、陽性である立姿(半立姿)、そして陰性である横姿(半横姿)があり、花の形態によって鱗型も変化する。
花を挿ける寸法としては、花器の下から体の先端までを三つ割りにして、下から一分を花器に、そして残り二分を花の寸法とする。これを「体割りの法」という。たとえば人体(頭を考慮にいれず)においては、膝で折れ、腰で折れて三段となる。膝より下までを花器の寸法とし、また残り二分を花の寸法とするのである。実際は器の高さの二倍半と、少し高くして挿ける。この少し高くするところは「半空」である。「半空」というものは人それぞれにおいて違いがあるもので、さらにそのときの情況によっても様々に変化するものである。
また、馬たらいや広口・水盤に挿ける場合も、この「体割の法」に準じて寸法を割り出す。この場合は花器の奥行き(さし渡し)を一分とし、花の寸法を二分とするのである。よって花全体では、奥行き(さし渡し)の三倍となる。この原則に添えない場合は、木物で谷間をとり(谷間分け)、また草花で株を分け(株分け)、さらに水草は魚道をあけて(魚道分け)二株・三株・五株と株を増やして挿ける。このようにして、二分の寸法である「二たけの性気」を通わせるのである。また、三角形の鱗に収まらず風雅のある曲のある枝葉は、臨機応変につかって挿けるものとする。ただし曲は、一瓶の中に一箇所に限って使うものとする。この曲を以って、餘性(よせい)を現すのである。餘性とは万物の真理である未生の本質が溢れ出たものである。
次に花の本数として、二本の花の挿け方は、一本で体用を兼ねて挿け、これに添わせて留を挿ける。三本は大中小の枝を見立てて、体・用・留の三才に挿ける。五本は体に二本・用に二本・留に一本、また七本は体に二本・用に三本・留に二本、さらに九本は体に三本・用に三本・留に三本と挿ける。
なお、挿花において季節を守ることは未生自然の本意であるといえる。季節に遅れた花は、自分で楽しむぶんには構わないが、客へのもてなしにならず、いわば残り物を客に給するようなものである。草木は非情といっても、季節寒暖に応じて変化し四方の気色を整える。この変化を捉えて花を挿けることが肝要なのである。一方、季節に先んじて早く咲いた花は、次の季節を待つ趣のある花なので、客のもてなしに使ってもよいとされている。床に季節感のない掛物を掛けた場合などには、その時候に応じた花で季節感を現すことが大切である。
季節は陰陽寒暖の変化をもって移り変わるが、挿花においては、この季節の移り変わりを強く感じることが非常に大切である。旧暦の十一月(子の月)は、「陰」が極まって「陽の兆し」を含んだ状態の冬至である。この「陽の兆し」が次第に長じていく七つ目の月である五月(午の月)は、「陽」が極まって「陰の兆し」を含んだ状態の夏至である。このように季節は「陰陽消長」して、一年十二ヶ月二十四節を構成する。さらに、夜の子の刻に一陽が生じ、そして昼の午の刻に一陰が生じるが、一日も一年と同様に「陰陽消長」して、十二支二十四節を成すものである。
十月になって、桃・桜を初めとして諸木が再び花咲くことがある。これは「陰」の気が盛んな時節にあるものの、「陽」の気が地中に照りこんで、その陽気が空に登って秋の長閑をかもしだすからである。これを「小春」という。この「小春」という、寒暖の惑いのために再び花葉が生じることがあっても、実を保つことはなく、また葉の栄えることはない。この「かえり花」「かえり咲きの花」は、四季に違うものであるので、客へのもてなしに使ってはならない。
さらに、挿花水次方の事として、花を挿けて瓶に水を入れるにおいては、「五行の死活」というものを理解しておかなければならない。五行の死活とは「甲乙丙丁戌己庚辛壬癸」の十干のことである。「木火土金水」で現される五行は、それぞれ陰と陽の二面をもちあわせ、合計で十干となる。干支とは、この十干(甲乙丙丁戌己庚辛壬癸)と十二支(子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥)の組み合わせのことである。なお十干は「天」であり、そして十二支が「地」と考えてよかろう。以下に、「五行の死活」である十干について述べる。
◎木の陽(兄)である甲(きのえ)は、大地に生じる動く木(活の木)である。いっぽう木の陰(弟)である乙(きのと)は、家屋敷部屋等の細工された動かない木(死の木)である。
◎火の陽(兄)である丙(ひのえ)は、性よく燃えて動く火(活の火)である。いっぽう火の陰(弟)である丁(ひのと)は、燃え去って動かない火(死の火)である。
◎土の陽(兄)である戊(つちのえ)は、大地山をはじめとする動く土(活の土)である。いっぽう土の陰(弟)である己(つちのと)は、土器を始めとして細工された動かない土(死の土)である。
◎金の陽(兄)である庚(かのえ)は、大地の土中に生じて動く金(活の金)である。いっぽう金の陰(弟)である辛(かのと)は金物の類となった動かない金(死の金)である。
◎水の陽(兄)である壬(みずのえ)は、瀧の流れ・谷の流れ・川水・井戸水など動く水(活の水)である。いっぽう水の陰(弟)である癸(みずのと)は、器に汲み置いて動かない水(死の水)である。
以上「五行の死活」のなかで、水の陰陽である「壬」と「癸」のことを知らなければ、挿花に水を注ぐ事はできない。花を挿け、そして瓶中に六〜七分だけ注いだ水は、動かない癸の水(死の水)であるといえる。しかし花を挿けた後に、四季寒暖の和合をもって足し水を行った瓶中の水は、動く壬の水(活の水)となるのである。花器に水を足すにおいて、四季寒暖和合に従うとは以下の通りである。
春・秋は寒暖が等しく和合の季節であるので、花器への足し水は九分に注ぐ。そして夏は潤いが充満する季節であるので、足し水は十分に注ぐ。ただし暑中は、花器からこぼれるほど十一分に注ぐものとする。また冬は潤いが足らないので、足し水は八分にひかえて注ぐ。ただし寒中は冷気が甚だしいので、七分をもって水を注ぐ。このように水の死活の様相を捉えて、また四季寒暖の和合をもって足し水を行わなければ挿花とはいえない。
8 禁忌三六ヶ条
草木というものは「地気の濁り」というものを自然に持っているものであるが、その「地気の濁り」を取り去り、清らかな姿にするところに未生流挿花としての意義がある。この天と地という概念が生じた時、清い気は昇華・上昇して「天」となったが、いっぽう濁った気は「地」に下降したという。よってこの地上には「地気の濁り」があるといわれている。そのため草木は塵芥清濁の区別なく地上に生じ、例えば未生流挿花で禁じられ、忌み嫌われる禁忌(本来あるべきではないもの。美とはいえないもの。)の姿を持つものもある。よって草木の濁りともいえる禁忌をなくして清潔なものにするところに、未生流挿花の意義があるのだと前にも述べた。この自然に内包する「地気の濁り」を取り去って、挿花全体の姿を清潔にすることは、草木に「陰陽和合」そして「虚実」の理を備えることに通じるものである。
花を挿ける上で禁じられ、忌み嫌われているものとしては三十六ヶ条の禁忌が示されている。禁忌が地気の濁りによって生じたものとし、この「地」の数九に「四季」の四を掛け合わせて、三十六ヶ条の禁忌が出来たものである。禁忌とはこの大地の濁りと捉えることができ、その禁忌を取り去って、風流をもって挿けるところに未生流挿花の本質がある。これは我々自身において、内にある醜なるこころを浄化し、また真にある理というものは何かを追求することが肝要であるという道につながっているものであるといえる。
なお、刺のある草木が、呪い殺す調伏のものとして禁忌に挙げられることがある。刺のあるなしに関わらず、草木というものは、「地水火」つまり大地・水・光の恵みで育ったものである。この「地水火」の三つを現すという「三光の枝葉」を備えたならば、刺のある花でも挿花として用いてもよいとされている。この「三光の枝葉」とは、大中小の葉のことである。いずれにしても刺は取らないといけないが、薊は刺をつけたままでもよいともされている。以下に禁忌三十六ヶ条を記すものとする。
禁忌36ヶ条
1.見切り
枝のもつれ合うことをいい、筋道が通らないものとして禁じる。
2.十文字
体の枝と交差して十文字になる枝をいい、礼を欠くものとして禁じる。
3.刺天枝
根本から真っ直ぐ曲がりなく天に突き刺した枝のことで、天に逆らって和合しない故に禁じる。
4.刺地枝
真下に下がって枝先が上ることのないもので、地に逆らって和合しない故に禁じる。
5.刺人枝
正面に真っ直ぐ突き出した枝をいい、人を突き客に向かって無礼である故に禁じる。
6.掛物を刺枝
掛け物を書いた者に無礼であるため、掛け物に向って出る枝を禁じる。_
7.天蓋枝
枝が全てうつむいている姿をいい、成長の姿がなく和合がない故に禁じる。_
8.丈競
枝先が同じ長さにそろうことをいい、枝先に長短があってこそ和合であり、和合しないものは死物であるので禁じる。_
9.両指
左右の手を広げたように同じ位置から左右に同じ勢いの枝が張り出すことをいい、人の礼がなき事に似る故に禁じる。_
10.両垂
手を左右に下げたように枝がしなだれている事をいい、死活の気が正しくない故に禁じる。_
11.連々枝
四方に枝が下る状態をいい、和合ない故に禁じる。_
12.三ツ真
東西南北の方位に背く枝であり、自然にそわない故に禁じる。_
13.害身
体より出る枝が、その体を見切る枝をいい、我自身害する故に禁じる。
14.箭
陰陽の隔てのない枝で、これを禁じる。
15.抱枝
両手を前に出して物を抱えたような姿の枝で、これを禁じる。_
16.花器ずれ
花器の縁に枝葉がかかっているもので、これを禁じる。
17.貫通枝
体の後ろを通り、体を見切る枝で。これを禁じる。
18.肱金枝
ひじの様に曲がった枝をいい、これを禁じる。_
19.弓箭
用の枝が体の幹の半ばから直角に出ているもので、弓で矢を射る姿に見え、客に対して不敬であるので禁じる。_
20.顧枝
顧みて他の枝を見切るもので、これを禁じる。
21.窓
足下に隙間の空くことをいい、これを禁じる。
22.片箒
片方に小枝の片寄ることをいい、万物片寄ることは自然でないので、これを禁じる。
23.捻枝
縄のようにねじれるように見える枝をいい、姿が正しくないので禁じる。
24.剣葉
葉物を挿けるとき、正面から葉の表面がまったく見えないことをいい、葉の縁が剣を向けてるように見えるのでこれを禁じる。
25.片指
一方に偏って出る枝をいい、これを禁じる。_
26.天蓋花
花がうつむいた状態をいい、憂を含み、活気がないので禁じる。_
27.鏡花
鏡を掛けた如く、花が真正面に向くことをいい、これを禁じる。_
28.五徳花
三本足のある五徳のように、三か所に花が咲いた状態をいい、これを禁じる。_
29.理屈花
花の大きさに変化のない状態をいい、陰陽の変化に乏しいので、これを禁じる。
30.抱花
花が向かい合う状態をいい、その姿が風雅でないので禁じる。_
31.花隠
見ても全く見えない花は、これを禁じる。
32.段々花
体・用・留と同じ段で階段状に並んだ状態をいい、変化に乏しいので禁じる。
33.猪目花
前を向いて三つの花が咲いた状態をいい、このようなものは風雅でないので禁じる。_34.色競
種々の草木を取り混ぜて挿け、花の色を無造作に使ったものは、統一せず和合しない故に禁じる。
35.色切
上下に白い花を使って中に赤い花を使うと、赤い花で白い花を区切ってしまう。故にこれを禁じる。花の色を取り混ぜて使う時は、上から白・紫・黄・紅・赤の順に挿ける。
36.見え隠れ
顕れることもなく、また隠れることもない中途半端なものは禁じる。
9 葉組の事
未生挿花に、草花水草の葉を組んで挿ける葉組がある。この葉組においては「二季の通い」を備えることが肝要である。「二季の通い」とは、陰が陽に変化し、陽が陰に変化し、この「陰」「陽」が尽きることなく変化する様である。この「二季の通い」を葉組で表現するのである。
陸草には株を分け(株分け)、そして水草には魚道を分け(魚道分け)、また木物には谷間を分け(谷間分け)て性気の通いを挿入する。つまり草花を何株かに分けて挿け、その分けられた各々の株が互いに呼吸しあうように性気を持たせるのである。数多く挿ける時には、花を中心として株を作り、そして長短・高低・大小と陰陽和合を整えて挿ける。
また、陸草の葉組においては七枚の内に界葉を入れ、日裏(表)を前に見せて株を分けて挿ける。この界葉は重要な役葉である。子・丑・寅・卯・辰・巳と「陽」の刻から、七つ目の牛の刻には「陰」に変化する。万物は七つ目に大きく変化するといわれるが、この陰と陽の境を成す七つ目の葉を界葉とする。すなわち、この界葉によって株を分けて「二季の通い」を備えて挿けるのである。
未生流では、一本の立木の姿・一株の草花の姿に、それぞれ自然の美を求める。つまり根を違う草木は互いに交じわることはない。よって、根を違うものは先程述べたように株を分けて、また枯葉・きばみ葉に至るまで界をとって、器に応じて葉組みを成すのである。以下に草花水草の出生に応じて「二季の通い」を説明する。
万年青に「七葉の出生」というものがある。万年青は七枚目の葉が生じて、ようやく花が開く。そして八枚目の葉が生じた時に、最初の一葉は朽葉となる。風囲いの葉・霜囲いの葉・実囲いの葉・砂囲いの葉・泥囲いの葉・黄葉・枯葉に至るまで、七枚目の葉に界をとって株を分け、季節の本性である「二季の通い」を表現するのである。
杜若は、長短の葉をして葉先のかぎを向き合わせ、中に短く芽ふき葉を組んで挿ける。そして葉に添わせて花を入れ、また花の後に太刀葉・冠葉と長葉の追葉を挿けていく。露受け・露流し・露止めの冠葉、水吸い葉、水切りの葉に至るまで、七枚目に日裏をみせて界をとる。さらに葉数多く挿けるときは、水切りの葉を挿けて魚道を分けることで性気を通わせる。
河骨は、地下茎より生じた葉(角葉)が水上に現れて、半開・開花となり、そして朽葉となる。なお水面で開き浮いた状態にある葉が、水が減ったときには水面と平行になることがある。この葉を水面を叩く様をもって「水たたきの葉」という。この「水たたきの葉」を始めとして、莟・半開・開花をあしらい、開葉・半開の葉でもって界をとり、角葉でもって株を分けて「二季の通い」を備えるのである。
蓮の花一輪は、一葉の浮葉と、そして水上高く開く一葉をもつ。葉は地下より水面に巻葉(陰)の姿として生じ、伸び上がるとともに半開(和合)・開花(陽)の姿を現す。いっぽう花も莟・半開・開花と陰・陽・和合の姿をみてとれる。蓮葉の円形は「天円」に等しく、そのため和合を成すときは半開の葉でもって「地方」の気を備える。蓮の花は陽気に進んで満開となり、陰気に向って凋んでいく。和合をもって開いた花を高く挿けて陽とし、いっぽう莟を低く使って陰とする。そして、巻葉の使い方に応じて魚道を分け、ここに性気を通わせるのである。また蓮の花に三腑を備えるという。三腑とは天・地・人の三才であり、心眼でもって天・地・人という三腑の気を蓮の花に通わせるのである。この一輪の蓮の姿に「三腑を備える」ところに、未生の本質が込められている。
女郎花は諸草と違って、花と葉が同じ年に生じるのではなく、今年に葉が生じれば、明年に葉の跡に花が生じるという出生をもつ。この今年に生じた葉のことを、大根の葉のように大きい故に「大根葉」という。花と葉の株を分けて、そして界を成して「二季の通い」を備えて挿けるものである。
以上のように、すべて草花水草の花葉に和合をもって「二季の通い」を備えるのである。季節寒暖の和合に従って草木を愛し、そのこころを感じ取る。ここに未生流挿花の本意がある。
「二季の通い」とは七つ目で陰陽の変わり目が起き、この陰陽が尽きることのない様であると述べたが、この「二季の通い」が巡りゆく中で、季節・五行十干も変化していく。一日は七の刻をもって陰陽変化する。「子」の刻は「極陰」として陰が最大になる中にあって陽気の兆しを萌し、また七つ目の「午」の刻は「極陽」として陽が最大になる中にあって陰気の兆し萌す。「子」の次の刻である「丑」の刻に陽気がようやく長じ、その七つ目の「未」の刻に陰気が長じる。そして「寅」の刻には陽気が定まり、七つ目も「申」の刻に陰気が定まる。「卯」の刻に陽の位となり、七つ目の「酉」の刻に陰の位となる。「辰」の刻に陽気が長じて、七つ目の「戌」の刻に陰気が長じる。「巳」の刻に陽が盛んとなり、七つ目の「亥の」刻に陰が盛んになる。このように陰陽十二支が消長して巡りゆく事は、円というものに端がなく、永劫に続くものと同じであると捉えることができる。
また一年も七月目にあたって陰陽が移り変わる。そして月もまた同様である。一日より七日までが「陰の一廻り」であり、七日より十三日までが「陽の一廻り」となる。月日ともに変わりゆく七月七日は厄日である。人生では、生まれてから七歳を陰の初厄とし、十三歳を陽の初厄とする。そして十九歳・二十五歳・三十一歳・三十七歳・四十三歳・四十九歳・五十五歳と厄が続いてゆき、六十一歳で本卦大厄となって、また元に戻るのである。
ちなみに季節の五行とは、春七十二日、夏七十二日、秋七十二日、冬七十二日と、土用七十二日の三百六十日をいう。土用とは、春と夏・夏と秋・秋と冬・冬と春の間に、それぞれある十八日を土用としてあてたものである。また季節の十二支とは、子(旧暦十一月)丑(一二月)寅(一月)卯(二月)辰(三月)巳(四月)午(五月)未(六月)申(七月)酉(八月)戌(九月)亥(十月)をさすものである。
10 三才の事
未生流の花型は、天円と地方の和合をとり、そこから割り出された縦横の二等辺三角形鱗形を基本とすると前にも述べた。草木は各々に形が異なり、そして四季折々にその姿は移り変わる。しかし「素よりの本性」というものを、みな同じように持っているものである。この「素よりの本性」とは、万物が未だ生じる前の未生のもの、すなわち無限の本質を現す「天円」であるといえる。この本質を神道では神、仏教では仏、儒道では明徳、そして老子は道という言葉に置き換えている。万物また草木という生あるものは全て、この無限の本質・一元の生命より生じたものなのである。この「素よりの本性」に従って、天円地方和合の花型の中に収め、そして草木各々の「出生」に応じて花を挿ける。このように、草木の「出生」である現象と、「素よりの本性」である本質という、この両極なるものを基本として未生挿花は成り立っている。陰陽和合・虚実の理をわきまえて花を挿けることに、未生流挿花の本意があるのだ。
よって草木の「出生」のみが正しいと考え、虚実という変化の道理を知ることがなければ挿花の本意を失うことにもなる。人も人倫の教えがなければ、例え美しいものをまとっても愚かなだけであり、人も草木も、虚である外観の美と、実である内なる理念が調和されてこそ真の姿があるのである。草木の姿を整えて風流に花瓶に移すことは「虚」であり、一方その出生に従うことは「実」である。「虚」と「実」の一方にのみ偏るのでなく、「虚実等分」にこそ挿花の真理がある。花を挿ける時には、草木と自分が同じもの、すなわち「天円」という一つのものから生じたという本質に立ち戻り、草木と我同体になって挿ける。地上にあるものは万物すべて、本質はひとつであることを感じることが大切なことである。
なお、天には「運動の才」があり、地には「生成の才」が、また人には「考慮の才」がある。この天・地・人がそれぞれにもつ特性であるところの、三才の霊妙を備えてこそ未生流挿花の道がある。草木は非情無心のものとされているが、天道の教えに背くことはなく、四季寒暖の恵みに素直に従って生じるものである。人も通らないような山奥であっても、咲く時節になれば咲き、また散る時候になれば散っていく。道端の草木は往来する人や馬に踏まれようとも、怒の気を持つことなく花咲いて、人のこころを和ましてくれる。生き物は日々、草木を食して体を養い、また諸病を治すのにも草木をもってする。草木というものは、天に素直に従う貴いものであるといえる。そのため神仏を祭るには、麗しい花を奉げるのである。「地気の濁り」である禁忌の箇所を取り除き、草木を清浄なものとする。そして万物の形につながる「天円地方の和合」より成る、未生流の花矩でもって挿花の姿に移しとるのである。
11 体用相応の事
未生挿花においては、太極(一)・両儀(二)・三才(三)という大きな原理原則がある。「太極」とは未生という未だ生じていない根元を現す「理念」であり、「両儀」は陰陽という相対的関係を現す「働き」を現し、また「三才」とは天地人の現象としての「姿」を意味する。この原理に即して、天地人という「三才」を、「体・用・留」という肉眼で見える形として現すのが未生挿花である。
また一方で、姿のみにとらわれるのではなく、心眼でもって花を挿けることが大切である。すなわち花の形という「姿」が生じる前の、根本的な「理念」と、その「働き」に想いをおよばせ感じることが大事なのである。このときの「理念」は体であり、「働き」は用であり、また「姿」はこの体と用が相応した結果としての「相」であると捉えることができる。つまり、この「体用相」の「相」は「体用」という理念・働きがあった結果、その現象として姿が生じたものである。よって、その理念と働きに考慮を及ばすことなく、現象としての姿だけにとらわれては、形骸に陥ってしまうだけである。体は「性」であり、用は「情」であるが、この「性情の両気」を心眼でもって感じとり、挿けることが大切なことである。
12 原一旋転の事
「原一旋転」とは一なるものを原初にたづねて旋転する。つまり万物の一なる本質に近づくことを意味する。華道未生流を学ぶにあたっては、花を挿けることを単に目の前の慰み、表象的なものとのみ捉えるのではなく、草木の出生を理解し、その内奥にある本質とは何かを一心に考えることが肝要なのである。
草木は春夏秋冬、四時の陰陽消長、さらに寒暖の季節に応じて、五行の気を等分に受けて生じたものであるため、私心はなく天の道に正直に従うものである。この点においては、活物(生き物)の主であるとされる人よりも優れているということができる。よって、この天地自然に従って生じた草木を伐って神仏に献じる、また大礼の際に用いるときは、東西和合・虚実等分の法格を備えて草花の姿を整えて挿けなければならない。
草木は非情無心であっても、天地より与えられた「本来の性」に従って生じるものである。この草木と深く接することで、天地自然の真なるものを感じとり、万物自然の道理、また神儒仏の三道の尊さというものを理解することができる。この意義を理解して花を愛するときに初めて、自然と本心となり、我と草木が同性になれるのだ。草木と同性になれば、すなわち神仏と同体になることができる。花を学ぶことは、無益の慰みではなく、万物の本質を追求することにつながるものである。
四方の本情に従って、草花が落花落葉し、また枯木枯葉の姿となるのを人は愛でる。花は満開となった後に散り、葉は土の色に戻って枯れ散る。このような落花落葉・枯木枯葉を挿け花として床に移すことは、もともとの「出生」の色を失い、土の如き色に変化した衰えのあるものであり、よってこれを尊客の饗応などに用いてもよいのかという疑問がある。しかしそうではないのだ。万物というものは全て土に帰るということが自然の道理であって、落花落葉・枯木枯葉の景色を愛で、この姿から何か大切なものを感じとることが肝要なのである。それ故に、「虚実和合」の法格を備えて、花葉枝の禁忌の箇所のみ取り去って、生々の気を全体に満ちさせるときは、麗しく最上のものとなる。自然が刻々と変化し、原初にたづねて旋転していく様を感じさせる草花こそ、我々が求める花ではないだろうか。
13 草木養いの事
挿花として草木を養うには、一年の季節を「真・行・草」と三つの区分に分け、養いの時候というものを知ることが肝要である。
真の時候は旧暦五月夏至より旧暦八月彼岸までをいい、陽中陰の「太陽」の時節である。つまり陽の中に陰気を含んだ状態といえる。この時候は人畜に限らず、草木を始めとして生あるものは内に陰の気をもつために、損じ衰える事が多い。そのために、この時節に切った草木は熱湯でもって養うものである。
行の時候は旧暦二月彼岸より旧暦五月夏至までの「少陽」、また旧暦八月彼岸より旧暦十一月冬至までの「少陰」をいう。この時候は陰陽の寒暖が等しく、すなわち陰陽和合の季節である。そのため、この時候に切った草木は炭火でもって養う。
草の時候は旧暦十一月冬至より旧暦二月彼岸までをいい、陰中陽の「太陰」の時節である。つまり陰の中に陽気を含んだ状態といえる。この時候は、生あるものが内に陽気をもつために、衰えることは少ない。よって、この時候に切ったり折ったりした草木は、冷水や氷水でもって養うものである。
なお、蓮・河骨を始めとして水草・藺物・浮草などは、「陰中陽」である「水」を主とするため、外に冷気(陰)をもち、そして内に暖気(陽)をもつ。よって、これら水を主とする草木は、冷気なるもので養うのである。
草木養いにおいて大切なこととして、養いを施すときには、花葉に直接に水をうってはならない。花葉が表面に自ずと持つ水分のバランスを崩すことがあるため、かえって衰える結果になるからである。また、密室で蒸したり強い風にあてると水分の蒸発が盛んになり、草木の衰えが早くなるので行なってはいけない。
さらに、挿花の席においては、「風の陰陽」というものをよく考えなければならない。「陰中陽」の「北風」は強く吹くときは陽気があたって害はないが、弱く吹くときは陰気があたって衰えることが多い。そして「陽」の「東風」は万物を養い、潤すことが多い。そしてまた「陽中陰」である「南風」は強く吹くときは陰気があたって衰えることが多いが、弱く吹くときは陽気のみがあたって養いとなる。最後に「陰」の「西風」は万物を害し乾かせることが多いものである。床花や会席へは「養いの風」となる風が入るのがよく、「害する風」が入ると草木の性気を衰えさせてしまう。以上の風の性質を理解しておくことも大切である。
挿花を取り扱う時は、養うことを先ず第一のものと考え、挿けた花が自ずから性気を導き、葉は健やかに、そして花は麗しく心を豊かにするようにする必要がある。養うことがなければ、草木は潤色故老して、葉は乾き、花はしおれてしまう。また生きた花が衰えたにもかかわらず、水をうつような事があるが、いかに粧ったとしても、愁の色を隠すことは出来ない。このような花を見ても美を感じることはない。よって、このような行いをしてはならない。また床の花や茶室の風炉前の花に、直接水をそそぐようなこともあってはならない。
このように挿花の麗しいのは、葉に水を拭きつけるのではなく、養いをするところにあるのである。「二陰一陽」である水と、「一陰二陽」である火を合わせると、あわせて「三陰三陽」となる。この水と火でもってして「三陰三陽」の養いをすることで、花は麗しくあり続けるのである。また手折り切った草木に限らず、庭の草木や鉢植え物などに至るまで、この「真行草」の時節に応じて、水と火の「三陰三陽」でもって養うときは、まだ性気のつきない草木であれば、性気たちまちに蘇えって元の姿に戻るものである。このような草木の養いも、天の教えに従った方法であるといえる。
草木の花葉は夜陰に至れば花がしぼむもので、性気が衰えたようにも見えるものがある。特に、蓮・木槿・ひおうぎ・ささげ・金銭花などは花が凋みやすい。しかし天地自然の道理に従って水火寒暖の和合をもって養いを行えば、夜陰になっても花が凋むことはないだろう。
すべて草木を養うには、四季寒暖の移り変わり、そして陰陽の両気が消長することで生じる気候の変化、さらに風雨霜水が時に害となり、時に恵みとなる自然界の道理を知ることが肝要であると述べてきた。生命の根元であって、万物の活力になるものを「気」という。この「気」というものは陰と陽の両気から成るものである。この両気の「陰」は水となり、いっぽう「陽」は火と変化する。そして火(太陽)と水(太陰)が交感しあって、土(中性)が生じるのである。土は動くことで木(少陽)を生じ、また逆に収まることで金(少陰)を宿す。そしてその結果、「木・火・土・金・水」という五行の要素が生じていく。
この「木・火・土・金・水」の五元素はそれぞれ相生しあい(五行相生)、また一方で滅しあう(五行相剋)。木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生じる。これが五行相生である。一方で、木は土を克し、土は水を克し、水は火を克し、火は金を克し、金は木を克する。これを五行相剋という。
この五行を更に陰陽という兄弟(えと)、死活の二元に分けると十干となることは前にも述べた。木の兄を甲(きのえ)、木の弟を乙(きのと)、火の兄を丙(ひのえ)、火の弟を丁(ひのと)土の兄を戊(つちのえ)、土の弟を己(つちのと)、金の兄を庚(かのえ)、金の弟を辛(かのと)水の兄を壬(みずのえ)、水の弟を癸(みずのと)という。甲は生きている木、乙は枯木、丙は燃える火、丁は炭火、戊は大地の土、己は土器、庚は地中にある鉱物、辛は精製された金属、壬は自然に流れる水、癸は汲み置いた水を意味する。
草木を伐って「性気の通い」が途絶えてしまったとき、この草木は木の死を意味する乙(きのと)の状態となる。しかし、この草木に養いを施して、土にあった状態と同じように性気を取り戻したとき、この草木は木の活を意味する甲(きのえ)となるのである。詮ずるに、草木を甲(きのえ)の状態にすることが養いの目的なのである。
なお草木の養いを知るにおいて、季節・時の巡りゆく姿を再度思い返していきたい。旧暦十一月(子の月)である「太陰」の頃、陰が極まって地中に陽を含んだ状態となる「一陽来復」の頃を冬至という。旧暦十二月(丑の月)にはこの陽が漸長し、旧暦一月(寅の月)には陽の位が定まり確かなものとなる。この三ヶ月の間は、陽気が地中に含まれた状態にあるといえる。この地中の陽が地上に現れるのは、旧暦二月(卯の月)である。この「少陽」の頃を春分という。旧暦三月(辰の月)には、表に現れた陽が段々と盛んになって、旧暦四月(巳の月)の頃には表裏に陽が長じた「陽中陽」の状態となる。また、旧暦五月(午の月)である「太陽」の頃、陽が極まって地中に陰を含んだ状態「一陰来復」の頃を夏至という。旧暦六月(未の月)にはこの陰が漸長し、旧暦七月(申の月)には陰の位が定まり確かなものとなる。この三ヶ月の間は、陰気が地中に含まれた状態にあるといえる。この地中の陰が地上に現れるのは、旧暦八月(酉の月)である。この「少陰」の頃を秋分という。旧暦九月(戌の月)には表に現れた陰が段々と盛んになって、旧暦十月(亥の月)の頃には表裏に陰が長じた「陰中陰」の状態となる。以上のように、子の月から午の月までが「陽の一回り」、そして午の月より子の月までが「陰の一回り」となり、このように陰陽が消長して一年となるのである。
また一日も月と同様である。午前十二時(子の刻)太陰の時は、陰が極まって陽を含んだ状態の「一陽来復」の時刻である。午前二時(丑の刻)にはこの陽が漸長し、午前四時(寅の刻)には陽の位が定まり確かなものとなる。この陽が表に現れるのは、午前六時(卯の刻)少陽の時刻である。午前八時(辰の刻)には陽が段々と盛んになって、午前十時(巳の刻)には陽が長じた「陽中陽」の状態となる。また午後十二時(午の刻)太陽の頃、陽が極まって陰を含んだ状態の「一陰来復」の時刻となる。午後二時(未の刻)にはこの陰が漸長し、午後四時(申の刻)には陰の位が定まり確かなものとなる。この陰が表に現れるのは、午後六時(酉の刻)少陰の時刻である。午後八時(戌の刻)には陰が段々と盛んになって、午後十時(亥の刻)には陰が長じた陰中陰の状態となる。
このように、十二の月・十二の刻は六つで一回りし、七つ目でもって陰陽が変化する。葉蘭の葉組みで七枚目の葉を境として界葉を挿けるのは、陰陽の変わり目にあたるからである。人間も生まれてより六年が経ち、七歳で初厄を迎える。これより十三歳で二の厄、十九歳で三の厄、二十五歳で四の厄、三十一歳で五の厄、三十七歳で六の厄、四十三歳で七の厄を迎える。厄が一回りして七つ目の厄を迎えた四十三歳は大厄である。よって前年の四十二歳の時に、神仏を祭り厄難がないように祈るのである。四十九歳は八の厄、五十五歳は九の厄、六十一歳は十の厄となる。この十の厄を迎えて、十干・十二支の生まれた年の干支に戻るので、全ての厄が終わることになる。これを本卦帰り・還暦という。このように一回りする厄年に神仏を祭って無難を祈るのは、自分自身の養いであるといえる。
還暦より後には厄はなく、以後は寿の祝いがある。六十一歳は「華寿」を祝う。これは「華」の字を分解すれば、六つの十と一とで構成されることからこの名がある。七十歳は「古稀」を祝う。「人生七十古来稀」という杜甫の曲江詩より起こったものである。また七十歳は「杖の賀」といい、鳩のついた杖を送る慣わしなどもある。七十七歳は「喜寿」を祝う。「喜」の字の草体の文字が「七十七」と読まれるところからくるものである。また八十八歳は「米寿」を祝う。「米」の字を分解すれば「八十八」になることから、そう呼ばれている。九十九歳は「白寿」を祝う。これは百歳を前にして祝福するもので、「百」という字から一という字をとれば「白」という字となることからきている。このように草木だけでなく、人においても養いの時候というものを知り、そしてそれに応じた養いが必要であるといえる。
また以下に、風・霜・雨・水の性質を知り、草木の養いの参考としたい。
◎風は草木に影響を与えるものである。
冬至より春分までは、性質として捉えると「北風」である。この「北風」が強いときは草木万物を養うが、一方で弱いときはこれを害するという。北は「陰中陽」の方角であるため、強く吹くときは裏にある陽が働くので養いとなるが、弱く吹くときは表にある陰のみが働くので害となるのである。
春分より夏至までは、その性質として捉えると「東風」である。「東風」は草木万物に潤いをもたらし養いとなる。東は「陽中陽」の方角であり、常に陽の影響を受けるからである。
夏至より秋分までは、その性質が「南風」である。この「南風」が強いときは草木万物を害するが、一方で強いときはこれを養う。南は「陽中陰」の方角であるため、強く吹くときは裏にある陰が働くので害となるが、弱く吹くときは表にある陽のみが働くので養いとなるのである。
秋分より冬至までは、その性質として捉えると「西風」である。「西風」は草木万物には害となる。西は「陰中陰」の方角であり、常に陰の影響を受けるからである。
挿花の席に毒となる風が吹き入るときは、山の実・山椒などを焚いて、その気を花にあてて毒気を払うことがある。
◎霜も同様に草木に影響を与えるものである。
冬至より春分までの「霜」は「極陰」であり、草木の毒となる。そして、春分より夏至までは「水霜」となり、毒にも薬ともならない。ただし若芽などには毒となることがあるので注意が必要である。また、夏至より秋分までは「露」と変じて「極陽」のもととなり、よって草木万物を潤い養うこととなる。そしてまた、秋分より冬至までは、再び「水霜」となって、毒にも薬ともならない。
◎雨は四季通じて降り、草木万物に潤いを与えるが、風の状況によっては養いとはならないことがある。
陰中陽である「強い北風」、陽中陰である「弱い南風」のときに降る雨は養いとなり、陽中陽である「東風」のときに降る雨は大いに養いとなる。これは、北風が強いときは陰中陽の内にある陽気が雨に作用し、また南風が弱いときは陽中陽の表にある陽気が雨に作用する、そしてまた陽中陽の東風は常に陽気が雨に作用することに因るものである。
一方で、「強い南風」「弱い北風」のときに降る雨は養いとならず、「西風」のときに降る雨は大いに害となる。これは、南風が強いときは陽中陰の内にある陰気が雨に作用し、また北風が弱いときは陰中陽の表にある陰気が雨に作用する、そしてまた陰中陰の東風は常に陰気が雨に作用することに因るものである。
◎水の用い方には四季の違いがある。
冬至より春分までは、「流水」を使いるとよい。またこのとき「井戸の水」を使うときは、汲み置いて一夜冷やして用いるものとする。この頃は極陰である「陰中陽」の時候であり、動く水「流水」は動くことで内にある陽気が表に出るが、一方で動かざる水「井戸の水」は、底にある陽気を含んだ水を用いることが出来ないので、一夜汲み置いてから底に生じた陽気を含んだ水を用いるのである。
春分より夏至まで、また秋分より冬至までは、「流水」「井戸の水」ともにそのまま用いてよい。
夏至より秋分までは、「井戸の水」をそのまま用いるのがよい。このとき「流水」を使うときは、汲み置いて冷ました後に用いる。この頃は極陽である「陽中陰」の時候であり、動かざる水「井戸の水」には陰気は底にたまって陽気のみ用いることができるが、一方で動く水「流水」は内に陰気が生じているために、いったん動かない水にしてから用いるのである。
以上、水の用い方について述べたが、これは草木に限らず、全ての作物や、また煎じて飲む薬に用いるときも、同様に扱えばよいものといえる。また以下に草木それぞれの出生に基づいて、その養いとなるところに関して述べていきたい。
a 四季陸物草木養い
薬を用いなければ養いのできないような、水あがりの悪い花は以下の通りである。その中でも、「真の養い」をすべきものと、また「行の養い」をすべきものがある。ちなみに「真の養い」は熱湯でもって養い、「行の養い」は炭火でもって養い、また「草の養い」は冷水でもって養うものである。
(真の養いを施すもの) 桜・藤・コデマリ・ケイトウ・ケマンソウ・牡丹・タンポポ・天南星・桜草・風車・草下野・額草・テッセン・大山蓮・縞芒・夏萩・薊・檀特花・紫陽花・木槿・縮沙・夏菊・熊鷹蘭・芭蕉・トウゴマ・夏藤・オオバコ・トウタデ・ウコンショウ・岩藤・芙蓉・佛桑花・アサガオ・水引草・秋海棠・午時花・ツワブキ時鳥草・秋牡丹・美人蕉・紅葉・ハゲイトウ・照葉類一切
(行の養いを施すもの) 折楊木・芍薬・時計草・下野・桔梗・ウイキョウ・蔓荊子・黄金花・唐紫苑
また朝顔養いの事として以下に述べたい。朝顔は、午前四時(寅の刻)より午前六時(卯の刻)の間に花が開き、午前十時(巳の刻)より午後十二時(午の刻)の間に花は凋んでしまう。昼に愛でる挿花としては、夜陰に開花の姿を見せるというのは、天地自然の本性ではない。しかし、女童のこころを慰めるのに用いたりする場合、その拙い技としては以下の通りである。明日に挿けようと思うときは、明日開くであろう莟を持った蔓を先ず切り置いておく。そして午後十二時(午の刻)にこれを伐って、細竹にくくりつけ、熱湯でもって真の養いを施す。また、この明日開くであろう莟に、今日凋んでしまった花の先を鞘にかぶせて根ごと井戸水につけて置く。このとき花葉に水を少しでもかけてはならない。翌日はいつでも来客の前に出して花瓶に移し、かぶせてあった鞘を取れば、やがて開くものである。また花が開いてから養う場合は、薬法として三盆(白砂糖)を少し盃に入れ、上々笹(清酒)で薄く溶き、そして火にかけて温めた後に冷やし置き、朝顔の花が開いたときに直接三しづく程つけてやる。そうすれば翌朝までもつものである。この薬法は鉢植えなど、根をもつものにも効果がある。しかし、天地自然の法に違うことを安易にするべきではないことは言うまでもない。
b 庭中並びに鉢植え草木養い
庭や鉢植えの草木が性気を失ったときは、草木に応じて程よくアツン(灸)をすえてやる。内に陽を含む冬至より春分までは、暖気ある日の真昼に養いを施すのがいい。春分より夏至まで、秋分より冬至までは陰陽和合の季節であるので、何時に施してもよい。また内に陰を含む夏至より秋分までは、早朝の涼しい間に養いを施すのがよい。一回りである七日(一週間)の間に、ひとつの箇所に三度ほど灸をすえてやる。
この養いは、草木に限らず人間も同様であるといえる。草木も人も天地にある万物いっさいのものは「素よりの本性」というものを持ち、宇宙一元のものから生じたものであることに因る。陰陽の釣り合いがとれ和合の状態にある、無病の人の養生として灸をすえる時節としては、陰陽和合の時候である春分より夏至まで、また秋分より冬至までがよい。夏や冬に無病の人に灸を施したとしても、養いとなることはない。これは、陽の気を強くもつ夏至に施すと体の陽気が多くなり、いっぽう陰の気を強くもつ冬至に施すと体の陰気が多くなり、そのため体中の陰陽のバランスが偏ってしまうからである。ただし病人であれば、四季のいつにかかわらず施しても養いとなる。病は「陰」であり、四季それぞれの「陽気」をうまく引き出して養うのである。
c 梅花年中囲方
梅の囲い(養い)としては、先ず青梅をわさびおろしでおろして種をとり、北味(五方の鹹味しおからい)を作る。それを壷に詰め置き、目張りの蓋をする。そして梅の花が半開になった頃に枝を切り、さきほどの薬の中に、枝先から根元まで詰めて蓋をしておく。入り用の時にこれを薬より出して、しばらく水につけておいてから、挿花として用いるものである。小枝は梅干の壷の中にいれておけば養いとなるが、白梅には色が移るので用いることはできない。
d 竹真行草養い
竹の「草の養い」として、先ず上花(茶のこと)を濃く煎じて冷やしておく。そして竹を伐り、上より節を抜き、この薬を詰めて挿けるのである。挿花として日数置くときは三日目ごとに、この薬を加えればよい。
「行の養い」としては、竹の根元に灸をすえ、火の中にいれ根元を焼きとる。その間に、草の養いで行なった薬をつけるとよい。その後に、井戸の中や川の水などの冷水に深く漬け、三時(六時間)ほどよく養う。なお、変色した根元は伐ってから挿けるものである。
「真の養い」としては、灸を入れた水を熱湯にして伐った竹の根元を中に入れて養い、その後に冷水に深く漬けて三時(六時間)ほどよく養う。最初の水には北味(五方の鹹味しおからい)を加えてもよい。二つ割りの竹垂撥を養うときには先に割って切っておく。この真行草いずれの養いにおいても、養う前には必要のない小枝は切っておくことが大切である。
e 竹青葉附き自在にて船釜釣り養い
山椒などの山の実をすって、水で混ぜあわせ、気を出すために置いておく。そして竹を伐り、自由に程よく「活の数」をもって丈を定める。数字には一から百八まで死活がある。「活の数」とは(一・二・三・五・六・七・八・九・十・十二・十五・十六・十八・二十・二十四・二十八・三十・三十六・四十八・五十・六十・六十四・七十七・八十・九十・九十六・百・百八)の二十八ヶある数字であり、また「死の数」は活の数字以外の八十ヶある数字のことである。
この伐った竹の節を上から抜いて、下一節のみを残し、そして先ほどの薬を込めるのである。挿けた後にも、毎日この薬を加える。下に釜を釣って「火の気」の上においてやると、竹の葉が青々と数日もったりすることもあるので参考にしたい。
寸法としては、三通りのものが伝書に挙げられている。先ず、丈三尺六寸のものであるが、これは地の数である九に、四季の四を掛けたもので寸法をとったもので、割竹でなく円竹で用いてもよいとされている。次に、丈四尺八寸のものは、一年二十四節に二を掛けたもので寸法をとり、釣舟を掛けた自在である。また、丈二尺八寸のものは、天の星の座である二十八宿星より寸法をとったものである。陰陽の日月と木火土金水の五星をあわせた七星は、東西南北それぞれにあり全部で二十八宿星となる。
f 竹青葉附き花器に伐る養い
青葉附きの竹花器を作るにあたって、このときの養いとしては「真の養い」をする。先ず、灸を入れた水を熱湯にしておく。そして割り切った竹花器に必要な枝葉だけを残して、根元をこの中に入れて養う。その後に冷水に深く漬けて一夜置き、翌朝に花器として切る。最初の水には北味(五方の鹹味しおからい)を加えてもよい。そして後に、山椒など山の実をすったものを薬として、切った箇所に直接すりこむ。このとき竹の性気を抜かないようにすることが大切である。この青葉附き竹花器に蒔絵を合わすこともある。
寸法としては、先ず寸渡は、丈八寸位までに定める。この丈の八は、地の八象である乾坤坎離艮兌巽震をあらわすものである。そして手杵は、丈一尺二寸位に、口二寸四分位に定める。これは、一年十二季・二十四節をあらわす。また獅子口は、丈八寸位に、口一寸八分位に定めるものである。
g 竹即挿け養い
先ず竹を伐って、挿けるのに程よく寸法を定めておき、また竹の節は抜き通しておく。そして上の切り口にスウ此薬を塗るのである。このスウ此薬とは酢などの酸性のものであり、切り口より一気に吸い上げる性質をもつものである。
h 河骨真行草養い
先ず「草の養い」としては、井戸より汲みたてた冷水を切り口よりポンプなどで注入する。このとき葉脈がつぶれないように、程よく冷水を注入することが大切である。次に「行の養い」として、上花(茶のこと)を一合、山実(山椒)を二勺、このふたつを水十合に入れて後に、九合まで煎じて程よく三時(六時間)ほど冷ましておく。最後に、これを切り口よりポンプなどで注入する養いである。また「真の養い」としては、上花(茶のこと)のみを濃く煎じて、人肌よりも少し熱いくらいのものを切り口より注入する。
空挿け(奉書挿け)といって、花台の上に紙を敷いて挿ける挿け方がある。このときの養いとしては、ヌルデの若芽・若葉などに生じた瘤状の虫である五倍子(ふし)を、布に包んで熱湯で煎じてより、これを切り口よりポンプなどで注入する。
i 蓮真行草養い
蓮の「草の養い」は、河骨の「行の養い」と同様に行う。また蓮の「行の養い」は、河骨の「真の養い」と同じ方法で行なう。そして蓮の「真の養い」としては、水十合に上北味(塩)を一合だけ加えて熱湯にわかし、この中に蓮の根元を三寸ほど入れておく。その後、蓮の軸が煮て固まってから熱湯より取り出して、さらに冷水へ一時(二時間)ほど深く漬けておく。そして、この根が固まったところを一寸ほど残しておいてから挿けるものである。また空挿け(奉書挿け)として挿けるときは、河骨の時に述べた養いと同法で行うものとする。
j 蓮即挿け養い
先ず、上赤実(唐辛子・鷹の爪)を十個ほど竹筒に入れ、さらにその中に熱湯を三合ほど入れておく。そしてこの気が抜けないうちに、蓮を伐って、その根をこの薬に漬けて養うものである。それより、この薬がなまぬるくなるまで漬けておく。最後に、根の色が変わったところを少し残してから蓮を挿ける。よって、蓮を最初に伐るときには体・用・留ともに、蓮の寸法をしっかりと定めておかなければならない。
また、芦・嶋蒲・三ツ柏・水芭蕉・水葵・クワエ・オモダカ・猿猴草などの、水あがりの悪い水草にも、この手法で養いを施せばよい。
k 雨中の景色柳養い
「雨中の柳」は獅子口、舟、竹や金物の器に挿けるものである。獅子口を使うときには垂撥に掛けて、指尺六〜七尺程度上にとめて用いる。
先ず、肉となるところの柳の枝を「用」として挿け、この枝より垂れ下がるところ曲なく挿ける。そして、これに添えの枝を挿けていく。次に、皮となるところの枝を「体」として挿ける。この枝の先は日に枯れたものを用いて、渦のように巻き上げるように風雅に挿ける。雨の中の柳の景色を移しとる挿け方であるので、鬱鬱(うつうつ)とした様が感じ取れるようにする。枝先に強く勢いのある枝はよくない。そしてまた、細い枝が大きく垂れたものも風流がない。肉が多くたわやかな柳が雨中の様を現してこそ風流がある。
この「雨中の柳」の水揚げとして、数多くの柳の芽を全て起こしてあげ、また芽のない枝先は手で切って、一夜置いて陰に通わしておく。このようにしてから挿けるときは、水が程なく上がり、数多くの枝先や芽の間より雨の降るが如く水が落ち、そして時雨の柳の様をかもしだす。
この露が落ちる露受けとしては薄広口を用い、そこに天地人三才の石を飾り置く。このとき天の石に水仙二本、人の石に水仙一本・寒菊・根元に蕗(ふき)の莟をあしらう。また初春は、福寿草を天石に二本、人石に一本、あるいは天石に三本、人石に二本と使って挿ける。この「雨中の柳」は、全陰(陰中陰)である旧暦十月(亥の月)を過ぎて、一陽来復が起きて後、ちょうど旧暦十二月(丑の月)旧暦一月(寅の月)の頃に挿けるものである。
またこのときの養いとしては、「潮の満干」も考えねばならない。草木は潮が満ちるときに切れば勢いがいいが、いっぽう潮が干くときに切ると勢いが悪いものである。よって柳を切るときは、陰が表に現れる午後六時(酉の刻)のころ、つまり「少陰」の時刻がよい。なお、節のある類のものは、正午に伐るのがよい。正午は陰陽の変わり目となり、節がゆるむからである。
この「潮の満干」は海面のことだけでなく、地にある全てのものに影響を与えるものである。人を初めとして、木石鳥獣虫魚に至るまですべてのものの内には満干がある。出産は満るときであり、また命の尽きるは干くときである。山上の池にも潮の満干があり、大石に穴があって絶えず水が満干する。
このように、万物に影響を与える天地自然の陰陽寒暖の法則に従い、草木に養いを施すことが大切なことである。養いを施して挿けても、性気が衰えれば死物に等しく、よってそのような花を神仏に供じ、又もてなしとしても用いることはできない。麗しい花葉を見れば自らのこころを養うが、萎れた花葉を見れば自らのこころに憂いをもつ。よって草木に養いを施すということは、挿花にとって根幹を成す大切な行為であるといえる。
14 一花一葉 一花三葉の事
花一輪、葉一枚で構成する一花一葉の事に関して述べるものとする。この一花一葉を挿けるにあたって、一輪の花は莟のものでなく開のものでもない。また一葉も日裏でなく日表でもない。いわゆる、莟や開、裏や表というような相対的な関係を超えたところにある真に大切なものを感じ捉えたものである。それは視覚における現実というものが生じる前のものなのか、それともその行き着く先のものなのかは解るはずもない。ただ未生というものを感じることしかできない。一花一葉は如々無心であって、死でもなく活でもなく、静でもなく動でもなく、すなわち空である。空は煩悩を取り去った無心となったときに、ようやく生じるものである。
次に「一花三葉の心得」として、葉組や菊・椿などを扱って挿ける場合、花一輪に対して葉を三枚使うのが定法である。一という太極から二という両儀に変化し、万物を構成する天・地・人という三才が定まっても、人が声を発することがなければ、このような天地という概念も生じることはない。この人の声とは認識することであり、これは四つ目であるといえる。一が生じて二となり三に通じ、そしてまた一に戻っていく。一日も夜の子の刻・十二時に一陽が生じ、丑の刻・二時には陽が漸長し、そして寅の刻・四時に陽が確かなものとして定まる。しかし、それでも未だ明るくはない。ようやく明るくなるのは、四つ目の卯の刻・六時である。このように、天地自然というものは三が定まることがなければ、次の展開の花を生じことはないのである。よって三葉一花の心得として、一花三葉の割合よりも葉の数が多いのは構わないが、その割合よりも葉の数が少ないのはよくないものとする。
15 守 破 離
未生挿花に「徳相・貧相・閑静」の花というものがある。「徳相の花」とは、用に満開、体に半開、留に莟を使ったもので、すなわち「陽極まりて一陰生じる」がごとくものである。また、全体的に花が多く開いた景であるといえる。次に「貧相の花」とは、柔らか味がないもの、また枝に勢いが強過ぎるもの、心を通わすことのないようなもの、さらに透き間が多くあるもの、寂しいものなど、全体的に調和がとれていないものである。すなわち、これは模倣して雅味がなくなるようなものであるといえる。最後に「閑静の花」とは、控えめに出た枝に強さをもつもの、また花葉が少なく風流なものである。枝葉をため曲げるにおいても、その姿全体が自然なものである。
このように挿けた花の姿を「皮・肉・骨」と三層でもって捉えたとき、上部は皮、そして半ばは肉、また根元は骨であるといえる。この「皮肉骨」の三つを兼ね備えることもまた大切なことである。「体」の枝を弓なりにため旋回させ、「用」の枝で肉ずけをする。そして「留」下の根元は、骨にて一本にまとめる。なお、主位の花は、「陰中陽」の花である。花全体は「陰」であるが、その体は「陽」である。したがって、体の枝は「陽」に基づいて左旋にためる。いっぽう客位の花は、「陽中陰」の花である。花全体は「陽」であるが、その体は「陰」である。よって、体の枝は陰に基づいて右旋にためる。左旋・右旋は天地にあるもの全てが持つ性質であり、陰陽寒暖が旋回することで生じる現象である。この陰陽の花の挿け方においても、自然の道理を備えるのである。
以上、未生の理として未生挿花における理論をいくつか述べてきた。何事においても原理原則というものがある。そしてそこから応用が生まれ、また変化が出来るものである。「守・破・離」という言葉があるが、「守」は原則、また「破」は意識して原則を破った応用、そして「離」は修行のすえ無意識から離れた変化として到達するものである。未生流の花矩の原則にのっとった上で、この「守・破・離」という考えを念頭において花を挿けることが大切なことであるといえる。
Lecture 未生花形
1 未生花形
花の理念である「体」と、花術である「用」と、そして花形という「相」でもって、体用相応した未生の花が生まれる。ここでは花形という「相」について述べていく。
未生流の花形には、三つの基本形がある。天円を現すところの円相体(内用)、地方を現すところの方形体(松竹梅・おもと七五三の一株扱い)、そして天円地方の和合を現すところの三角形の鱗形(三才格・五行格)である。このうち三角形の鱗形には、陽性である立姿・半立姿、また陰性である横姿・半横姿があり、花の形態によって鱗形も変化するものである。そして花の姿も三体九姿と多様な姿を現す。
三角形の鱗形の応用形としては、七曲・華やかな用流し・遠山・書院・生け登しがある。七曲とは、体流し・体後添流し・体前添流し・用流し・用添流し・控流し・留流しの七つの曲のことである。さらに、変形のものとして、分性体(飛用・飛留・送り添・地水火)がある。
花の出生をしっかりと捉えて、未生という形には見えないものを花形として移しとる。未生とは形があって形がないものである。よって、花の形にとらわれ過ぎることのないように、ただそれらの形というものを感じることが大切な事であると言える。
2 天地人三才
天を現す円と地を現す方形とによって割り出された、二等辺三角形の鱗を上・中・下の三段に分け、上部の高き枝を天の位として「体」と名付け、下部の低い枝を地の位として「留」と名付け、この体と留との中間の枝を人の位として「用」と名付ける。これを一瓶の花として応用し、「体・用・留」という三才の格を作るのが三才格である。
この三才格に対して、五行説に基づく五行格がある。五行とは天地の間にとどまる事なく循環する五つの大気(元素)である木・火・土・金・水のことで、この五つの大気から万物が生じたと考えられている。三才格の「体」「用」「留」に「相生」「控」の二つを加えて、万物生成の元となる五行を現したものである。また、この五つの大気(元素)はそれぞれ五色・五方等に対応している。
「伐りたる草木に天地人三才の霊妙を備えて」「出生の本姓を失わず天円地方の理に随い挿し上げたる処は即ち陰陽三才五行ことごとく備わる」と伝書にある。つまり自然の草木がもつ出生を守り、そして天円地方によって割り出した花形に収める。ここに、自然の出生と花形の調和、虚実等分の理があるのである。老子の言葉に「一、二を生じ。二、三を生じ。三、万物を生ず。」とある。これは「太極から両儀が生まれ、両儀から三才が生まれ、天地人の三才があって万物が生じる」という意味である。この天地人を三才というのは「天に運動の才があり、地には生成の才があり、人には考慮の才がある」ことからくるものである。
三才格の寸法・ため方として、先ず天の位である体は、出来上がりの寸法が寸渡の口より、寸渡の高さの二倍半程度となるように寸法を定め、寸渡の口から真ん中を中心に上下に一握り程度を弓形にためる。そして挿けた体の姿の枝先と根元が、垂直線上となるようにする。人の位である用は、用の枝の先端が体の真ん中の位置にくるように寸法を定め、真ん中より少し下あたりの位置をためる。主位の場合は、用の枝先が敷板の左前角の方向へ向かうようにする。また地の位である留は体の長さの二分の一程度に寸法を定め、寸渡の口から寸渡の直径の寸法あたりの位置をためる。主位の場合は、留の枝先が敷板の右前角の方向へ向かうようにする。
五行格は、三才格の体・用・留の役枝に、相生と控の二つの枝を加える。相生は体より少し短い目の寸法に定めて、体の枝が一番よくたまっている部分まで体に添わせて、そこから徐々に離していくように挿ける。そして挿けた相生の枝先が、体と用を結んだ線上に位置するようにする。この相生は、添うて添わずのものとする。つまり体に添うようで添わない、しかしやはり体に添っていく。この姿をもつものが相生である。また、控は留より少し短い目の寸法に定め、留のため口より少し上からためる。主位の場合は、控の枝先が敷板の右後角の方向へ向かうようにする。
体・用・留の三つの役枝でもって天地人を現す三才格に対して、五行格は相生・控の枝を加えて木・火・土・金・水という万物生成の源である五行を現すものである。木は留、火は用、土は体、金は相生、水は控と、五行格の役枝がそれぞれ五つの元素である木・火・土・金・水にそれぞれ相応している。
天と地は交感・交合を繰り返し、天上では太陽(日)と太陰(月)と五惑星が生じ、いっぽう地上では五元素が生じて輪廻・交感を繰り返し、様々な物質が生じていったといわれている。またこの五行には、五行相生と五行相剋という二つの働きがある。木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生ずるという、五元素が互いに相い生じるという考えが五行相生である。木によって火が燃え、火によって生じた灰は土に還り、土は鉱物である金を生み出し、金属は冷えることで水滴である水を生じるということである。また五元素は互いに生じ合う一方で互いに剋し合う、これを五行相剋という。木は土の栄養を吸い取り、土は水を堰き止め、水は火を消し去り、火は金を溶かし、金属である金は木を切り倒すということからくるものである。この五行相生と五行相剋という五行の働きを知ることで、体・用・留に加える相生と控のことを知ることができよう。
3 三体九姿
天地人三才(三才格・五行格)の基本花形は、三体九姿という変化した姿をもつ。三体とは真・行・草のことであり、また九姿とは三体をさらに三つに分け、真の真・真の行・真の草、そして行の真・行の行・行の草、また草の真・草の行・草の草と、九つに分類したものである。この三体の真・行・草は、「真は行を生じ、行は草を生じ、草は走るが如し」という中国の書からきたものである。端正厳格なものを真とし、そして少し崩して柔らかみをもったものを行とし、また大いに崩して柔らかみをもったものを草とする。
「幹となる体」の曲がりの具合いによって、直立したものを真体とし、少し変曲したものを行体とし、そして強く変曲したものを草体とする。また「幹となる体から出る枝」の分岐の具合によって、更に真・行・草と分けていくものである。
4 立姿 横姿
天を現す「円」と、地を現す「方形」とによって割り出された二等辺三角形の鱗形は、「天」と「地」の間にある形あるもの全ての形成の基礎である。そして、この万物の基盤といえる二等辺三角形の鱗形が、そのまま未生流挿花の形となっている。この二等辺三角形の花矩には、陽性である立姿(半立姿)と、陰性である横姿(半横姿)がある。
立姿(半立姿)・横姿(半横姿)と、花の形や花器に応じて、花の姿の基となる鱗型も変化するのである。
5 七曲
七曲とは、天地人三才の鱗型に納まらず、それより流れ出た枝の扱いである。真行草の三体九姿という基本の花形から、一本の枝が変化をもって長く流れ出した姿で、この流し方の基本的なものを大きく七つに分けて七曲という。自然の枝ぶりで面白く変化したものを生かす意味から、風流な枝は切ってしまわず臨機応変に、その流れ出た枝ぶりを余勢として生かして使う挿け方であるといえる。
この七曲には、「体流し」「体後添流し」「体前添流し」「用流し」「用添流し」「控流し」「留流」とある。この七曲で挿ける時には、ひとつの枝に曲をつけ変化をつけるので、残りの枝は余り曲をつけることはしないで、そのひとつの曲枝を強調するように使うようにする。以下に「七曲」の詳細として基本的なところを述べるが、風流な枝を切るには忍びないという考えから、この「七曲」があるということを失念してはならない。以下に述べることは基本のものとして、その風雅ある枝振りによって、挿ける花の姿を変化させることが大切である。
「体流し」は、体の枝が後方より大きく曲をもって流れていくものである。このとき、体の枝そのものが流れ出るものの、その分かれ目にも枝があって、仮体すなわち仮の体として、体の格をもって立ち上がるようにする。この仮体は体の常の位置に定め、この仮体と体流しの枝との分かれ目は、仮体の枝先より五分の一程度の位置とする。また体前添は、体が右後方に流れるため、左右のバランスを取りながら、重心が一方に傾かないようにする。次に、用は用添を入れて肉づきをよくする。また留はやや短くして、常の位置に挿け、深くためずに体の流し枝を受けるような感じで挿ける。さらに控も、短めにした留とのバランスを考えてやや短めに定める。このとき、相生は常の通りである。
「体後添流し」は、体の後添の枝が大きく曲をもって流れていくものである。この体後添は、体の枝先から上三分の一程度の位置から曲をつけて大きくためて流す。そして、その枝先は上部に向けて勢いづけて挿けるものである。次に用は常の通りに、もしくは少し短めに定めて、左右のバランスを取りながら、添の枝でもって肉づけをする。また留は枝先を短くし、軽く受けるような感じでもって、少し前に振り寄せて挿ける。体・体前添・相生・控は常の通りである。
「体前添流し」は、体の前添の枝が重なることのないように用の上を通って、大きく曲をもって流れていくものである。体の枝は常の通りとし、曲をもって流れ出る体の前添は、体の胸(体の上四分の一程度)のあたりまで体と同一にため、その先は反対の外側のほうに折り返して十分にためる。このとき体後添は、左右のバランスがとれるように考えて挿けるものである。次に、用は常よりも短く控え目に定めて、用の先を少し手前か向こうに振るようにする。また相生も常より小さくし、体前添の流し枝と交差しないようにする。留は、体前添の流し枝とのバランスを考え、少し張り出して挿ける。また控は、用を低くしているので、これに合わせて少し常よりも低い位置よりためる。
「用流し」は、用の枝が長く前方に曲をもって流れていくものである。この流れ出る用流しの枝を、先ず始めに入れる。そして常の用の位置に、仮の用である仮用を軽めに挿けて、前後の添をつけて肉づけする。この仮用と用流しとの分かれ目は、仮用の枝先より上五分の一程度の位置とし、用流しの枝先は立ち上がるようにして挿ける。また、体は常の通りに挿け、留は流し用とのバランスをとるため、あまり下がらないように受け留にする。相生・控は奥行きを付けて肉づけをする。
「用添流し」は、用の枝が勢いよく伸び上がったものの、その力を奪われて下方へと垂れ下がった状態で用添となり、その次に生じた枝が用の位置に定まったものである。用の下の用添の枝が前方に曲をもって流れ出て、そのまま力強く下方に伸びていく。この枝先の向きは枝ぶりによって変化させて挿ける。用の下の風情のある枝が内側に流れでるように挿けるものであるが、枝ぶりによっては外に伸びるようにして挿けてもよい。このとき、流し枝は「用流し」のときよりも、低い位置(用の上より三分の一程度)のところから用より分かれていくようにする。また体・用・相生・控は常の通りに定めるものとする。そして留は左右のバランスを考えて、左右両方に下がることのないように、受け留として枝先をあまり下げないように力強く枝先を起こし勢いをつけて挿ける。この「用添流し」は、行体・草体を基本とするものである。
「留流し」は、留の枝が長く斜め前方に曲をもって流れていくものである。体・相生は常の通りに挿け、用は常より少し短めにして、その枝先が立ち上がるようにためて勢いをつける。また、留は常の留よりも長くして流して挿ける。この留のためる位置は、体の枝下から五分の一位と、その足下を長めにしてすっきりとさせる。留が流れるため、用と留との間が抜けて見えることのないように、控は留の分かれ目近くに挿ける。
「控流し」は、控の枝が体の胴の部分から後方より、大きく留の方に向かって勢いよく伸び、その枝先が留の方に向いた姿のものである。この「控流し」は行体・草体を基本とし、よって用・相生も力強く挿ける。体・用・相生は常の通りとする。そして、留は流しの控を邪魔しないように、前方から小さく短めに受け止めるようにして挿ける。また、控の枝が留の上部後方で、前方に流れるようにして、上から見たときに流し枝と留とが半円を描くような形となるようにする。なお、仮の控は軽い感じにして、常より少し高い位置からためる。控流しの枝は体の後方から挿け、枝を留の方向に向かって前向きにため、先を上に向けて勢いをつけて挿ける。
6 七曲によらない変化挿け
未生流の花形の基本となる三角形の鱗形の応用形としては、「七曲」「華やかな用流し」「遠山」「書院」「生け登し」がある。ここでは七曲によらない変化挿けとして、「華やかな用流し」「遠山」「書院」「生け登し」の花形について述べる。
「華やかな用流し」は、七曲のなかの「用流し」と同じように、用の枝が長く前方に曲をもって流れていくものである。しかし、その姿は七曲のものよりも特に華やかで「家元好みの用流し」ともいう。体・留・相生・控は常の位置に定め、特に華やかな姿に挿ける。仮用を常の用の位置に挿け、これに前後の添をつけて肉づけする。用流しの枝は、体の寸法とおよそ同寸とし、体の下より三分の一程度の位置より体から分かれ、そして一度上に少し上がってより大きく流れるように挿ける。その枝先は立ち上がるように受けるようにし、軽い枝を仮用との間に適宜添えていくものである。
「遠山」は、遠方の山々が連なる景色を見てとるような心持ちで挿けるものである。七曲の「用流し」よりも低い位置で用をため、流し枝は花器の下方の位置まで流れて、その先は立ち上がるようにする。そして仮用を入れて、また用の添を多く入れて十分に肉付きをしていく。体の長さは常よりも一段と低くし、草の姿として大きくため、その枝先は水際を離れて主位の場合は花器の左縁の位置にくるようにする。また相生は、留・控・体に合わせて十分にためるものである。
「書院」は、三体九姿の「草の草」を基本として、体・用・留ともに充分に大きくためて挿けたものである。全体に華やかな感じの形であり、花材を十分に使って、華やかさとボリュームを出して挿けるものである。大きく草の姿にためて挿けた、体と用と留の三つの役枝を結ぶと三角形に見えるように、特に派手な姿に挿ける。用は前後に添を十分に入れ、控・留は特に奥行きをつけ、また用・留・控の枝ともに常よりも長めにして曲線をゆったりとつける。そしてまた相生は、全体が草の形なので、それにあわせて大きくためて体に添わせて挿ける。体後添・用前添・用後添・留と控の間の添と、全体に添の枝を充分に入れ、それぞれのつながりをもたせるようにするものである。
最後に、「生け登し」は体の枝が常の位置よりも上方に伸び上がった形をいう。常の場合の寸法の取り方として、花器の下から体の先端までを三つ割りにして、下から一分を花器に、そして残り二分を花の寸法とする。これを体割りの法という。たとえば人体(頭を考慮にいれず)においては、膝で折れ、腰で折れて三段となる。膝より下までを花器の寸法とし、残り二分を花の寸法とするのである。このとき、実際には器の高さの二倍半と、少し高くして挿けるが、この少し高くするところは「半空」であると捉えることができる。そして、この「半空」が特に上方へと立ち上がった姿が、「生け登し」である。現在では、花器の半分程度を「半空」としているが、この「半空」は人それぞれ個人によって捉え方が変わるものである。人で例えるところの頭、つまり内に秘めるものが高らかに伸び上がった姿が「生け登し」であるといえる。
7 円相体
未生流の花形には、三つの基本形がある。天円を現すところの円相体(内用)、地方を現すところの方形体(松竹梅・おもと七五三の一株扱い)、また天円地方の和合を現すところの二等辺三角形の鱗形(三才格・五行格)である。
そしてこの「内用」のみが円相体に属するものである。天円は太極という万物の根源を意味し、この円相に収める花形である「内用」は最上のものであるといえる。また、無限に尽きることなく、生々流転する未生自然の理を現すものである。円相体といっても空間の中では球形となり、よって立体的に挿けることが求められる。また「真・行・草」の「草」の姿では円相が円形となるが、「行」の姿においては楕円相となる。
「内用」の挿け方として、内用は内用前留ともいうように、前留を一番先に、通常の用の下側の位置に挿ける。この前留は円相に内接するように大きく矯め、その足下は常の留よりも少し高い位置とする。後に挿ける内用の枝の変化に応じて均整を持たせることが肝要である。次に、常の用の位置に小さめに軽く仮の用となる仮用を挿けるが、この仮用は円相に内接することはない。また、体は常の位置に挿ける。
この花形の中で最も際立った枝である内用は、奥行きの関係においては、体の後ろより後方に回して後に再度前方に大きく振り出し、枝の先端が球に内接するところまでためる。いっぽう上下の関係においては、一度上方に立ち上げ、一旦下げて後に再度立ち上げて、枝の先端が体の中心の高さに戻るようにためる。最後に、仮留は常の留の位置に短く軽く、少し前方に振り出して挿ける。また控も同様に小さく軽めに挿ける。
この内用の花形は、円相の右半分の空間の中に、内用の枝がもつ美が生じるように挿けあげ、全体の姿から円相・球を感じとれるようにすることが肝要である。
8 方形体
方形体には、「松竹梅」と「万年青七五三の一株扱い」の挿け方がある。ともに、正月や婚礼の際の花として挿けられるものである。
先ず、「万年青七五三の一株扱い」の挿け方について述べる。万年青は、その緑のすこやかな葉と赤い実で喜びを表し、正月や婚礼の花として用いられる。十五葉を三株に分け、七葉一実、五葉一実、三葉として七・五・三の伝としている。七枚の株は盛んな子株、そして五枚の株は隠居した親株、また三枚の株は将来の発展を期する孫株であり、このように三代が揃う子孫繁栄お目出度いものである。これは陰陽・万物流転する未生の本質を現しているといえる。
万年青の出生は、始めに向かい合って二枚の葉が出て、その中より又二枚向かい合って出る。このため自ずと中から生じる葉が新しい出生葉となる。この四葉は東西南北を指して開いていく四方葉である。またこれより三葉が生じ、七葉になると花が生じる。花は五月頃に咲き、十二月頃には青い実が赤く色づく。七枚で始めて花を開き実を生ずる出生から、実は七枚以上の場合においてのみ使うものである。ただし、万年青七五三に使う五枚葉は、成長途上ではなく、成長後の隠居した親株の意味をもつ五枚葉であるために、この万年青七五三を挿ける時には、五枚葉にも実を使って挿ける。
実の上にあって霜から実を守る霜囲いの葉(体後添の葉)、そして実を風から防ぐ風囲いの葉(用添の葉)、また実を抱えて実を守る実囲いの葉(留の葉)、そしてまた砂・泥から実を防ぐ砂囲いの葉(控の位置)・泥囲いの葉(留後添の葉)は、それぞれに実を守る役目を成している。
十五葉の組み方は、七葉・五葉・三葉の三株をひとつに寄せて、実は二本使って挿ける。先ず、盛んな子株を現す七葉一実(立姿)の株として、先端が丸みを帯びた二年目の葉を、体(時代を担う堂々たる子株の葉)と用に使い、特に広く丸みを帯びた三年目の葉は留に用いる。次に、体と用の間に先端が尖った一年目の葉を体添・用添として出生葉を二葉それぞれ使って挿ける。出生葉は葉の見えない下部分を大きくそぎ取って使うものである。そしてまた、用前添(留が転じたもの)に風囲いの葉を、体後添に霜囲いの葉を、控の位置に砂囲いの葉を使う。この七枚葉の体・用は、「万年青七五三の一株扱い」全体の体・用の扱いとなる。
次に隠居した親株を現す五葉一実(横姿)の株として、先端が丸みを帯びた二年目の葉を体と用に、特に広く丸みを帯びた三年目の葉は留に用いる。また体と用の間に、先端が尖った一年目の葉を体添・用添として出生葉をそれぞれ二葉使って挿ける。この横姿の五枚葉における用は、「万年青七五三の一株扱い」全体の留の扱いとなる。
最後に、将来の発展を期する孫株を現す、三葉(立姿)の株として、体・用・留と若い一年葉を使って挿ける。伝書に実囲い三葉にて根元を包むとされているのがこれである。
次に方形体である「松竹梅」の挿け方として述べる。高位高官の御方の婚礼の際には、注連の伝の松竹梅を挿けると伝書にある。また正月にも、この「松竹梅」を物事の始まり目出度い花として挿けるものである。
この「松竹梅」は薄端または広口を使い、先ず中央に伐竹を二本使って挿ける。長い陽の竹には三節二枝を備えて、先は大斜に伐る。そして短い陰の竹には二節一葉を備えて、先は平に伐る。節の間が短いときは、陽の竹に陽数(奇数)の節と陰数(偶数)の枝を備え、そしてまた陰の竹に陰数(偶数)の節と陽数(奇数)の枝と備えるようにしてもよい。長い竹は陽中陰、いっぽう短い竹は陰中陽である。陽の中に芽生える陰を感じ取り、また陰の中に芽生える陽を感じ取る。つまり、この中に腹籠という視覚では捉えることの出来ない未生の存在をみてとるができる。
そして次に明かり口のほうに、注連の伝の松を挿け、床柱のほうに注連の伝の梅を挿ける。竹を立姿に、松を半立姿に、梅を横姿とし、挿けあげた「松竹梅」全体の姿でもって方形体とするものである。最後に、足下は水引七本を相生結びとし、金は松のほうに、銀は梅のほうに出して用いる。
松は元旦、竹は二日、梅は三日の花である。この三日の花をひとつの器に挿け、三則一に帰する、すなわちこの「松竹梅」は天円地方和合の姿であるといえる。「松竹梅」という、三才の現象を一なる本質に帰せしめる。松は千年の緑を尊み、竹は万木千草に勝れ成長が早く、梅は他に先駆けて咲き三元の冠花とし花中の君子として尊ばれている。昔、中国の晋の武帝が、学問に親しんだ時には梅の花が咲き、学問を止めると咲かなかったという故事から、梅には好文木という名がつけられた。陽の司(松)と陰の司(竹)と三元の冠花(梅)と、これら目出度い花を寄せて挿ける「松竹梅」は、元旦・婚礼ただし高位高官に関してのみ挿け、軽々しく挿けてはならないとされている。
9 分性体
分性体とは二つ・三つと花矩の部分が分離して、全体で一つの花矩を構成する挿け方である。このとき分離した花矩の間には一定の美妙な空間が生じ、各々は分離するものの互いの性が通うようにして挿けるものである。
この分性体には「飛用」「飛留」「送り添」「地水火」の四種類のものがある。用の格が、体と留の格から分離して二株となるものを「飛用」という。そして、留の格が、体と用の格から分離して二株となるものを「飛留」という。また、「送り添」は体後添と留の格が、体と用の格から分離して二株となるものである。
「地水火」は体・用・留と分離した三つの格がそれぞれ一株となって、全体で三株となるものである。草木は「地水火」という三光、つまり大地と水と光の恵みで育っていく。分性体の「地水火」は、この三光の恵みに想いを寄せて挿けるものである。
10 株分け
「広口、馬たらいの類に株分けて入る時、木物ならば谷間といひ、草花ならば株を分るといふ。水草ならば魚道と唱ふべし。」と伝書にある。株分けは広口に二株・三株と株を分けて挿けるものであり、「株分け」「谷間分け」「魚道分け」「水陸分け」の四つがある。又その変化挿けとして、株分けの「飛留」がある。以下にその詳細について述べる。
「株分け」は、草花のみ、また木物と草花を用いて株を分ける挿け方である。
「谷間分け」は、木物のみを用いて株を分け、山峡にある谷間を見立てる挿け方である。
「魚道分け」は、水草のみで株分けにして挿け、その株と株の間に黒石で魚の通り道をとる挿け方で、この株と株の間を魚の通い道(魚道)と見立てて考える。
水草に陸物をあしらい、また陸物に水草をあしらうことは禁じられている。よって広口に陸物と水草を挿ける時は、石を使って陸と水辺とを分けて入れなければならない。これを「水陸分け」という。陸は白い小石・砂利でもって現し、いっぽう水は黒い石・砂利で見立てて水陸を分け、陸物と水草を水陸に分けて挿けるものである。
株分けとしての「飛留」は、立姿(留は軽く)の足元に横姿を挿けて、横姿を全体の留と見立てる挿け方であり、この飛留は広口だけでなく寸渡を用いても挿ける。
11 三方正面
挿け花は、原則的には床の間に置くものであり、よって床の間に手をついて正面より拝見するものであった。また会席の花として座敷に並べるときでも、床の間と同様に正面から拝見するものである。
しかし、三方よりよく見える場所に挿けるときのために、正面からだけではなく、左右少し斜めの位置からでも美しい三方正面の花の挿け方がある。
この挿け方としては、正面より向こう側の背後に花葉を多く使う。つまり正面からは見えにくい「見え隠れ」の花葉を多く使って挿けるのである。このとき、奥深い余情のこころでもって挿けることが大切である。左右より見たときにはよく見えるような後方の枝をうまく生かして、三方より見て枝の見切りなどの禁忌がないように、法格に従って姿を整えて挿けるものである。
また留め流しに挿けて、その向こうへ控えて使った枝が左右より見たときには、留流しであるのに留に見えるなど、後方の「見え隠れ」の枝をうまく生かして挿けたりとする。12 抜け生け
打ち抜き
二重・三重の竹花器を使って、挿けた木が竹花器の中を抜け出るように見せる挿け方を「抜け生け」という。また、三重・五重の竹花器を使い、挿けた太い木が竹花器を打ち抜いていくようにみせて挿ける手法を「打ち抜き」という。両者ともに、竹花器と、それを貫く木とが統一感をもって、全体の姿でひとつの木の姿を現す。「抜け生け」を繊細な陰のものとして捉えるならば、「打ち抜き」は力強い陽のものと考えることができる。しかし、両者の挿け方ともに、繊細な中にも力強さ、また力強さの中にも繊細なところが感じ取れるように、つまり陰中陽・陽中陰の姿を感じとりながら挿けるものである。
全体の組み立てとしては、下口より上口へとつながりを持たせて考え、三重の場合は上口には横姿を、中口には立姿(半立姿)を、そして下口には立姿(半立姿)を挿ける。竹花器の下口のほうに挿ける木が全体で考えた根本の木で、上口のほうに挿けたものがその木の先端と捉え、下口より上口までが一本の木と見立てるように挿けあげる。そして全体の姿として、一本の木の姿にみえるように統一感をもたせるものである。
花器である竹を、一本の古木が左右への曲がりをもって、下口より上口にと貫いていくように扱う。そして、この古木にそれぞれ体・用・留と若枝を添わせて肉付けをしていく。このとき古木も体・用・留の格をもったものにするのが好ましい。
古木は自然に曲がったものがあると使いやすいが、なければ、その自然な曲がりを人工的に作る必要がある。古木には、松・桜・梅などの風情あるものがよい。また、これに添わせる若枝は、必ず古木と同じ種類のものを用いる必要もなく、宿り木として別の種類のものを使っても構わない。
Lecture。 景色挿け 草木出生花材の扱い
1 紅葉真俊の景色 挿け方
真俊(しんしゅん)は真に優れた様を意味するものであり、この紅葉真俊の挿け方は、最も美しい紅葉の景色を挿け花として移し取ったものである。真紅に燃え盛る紅葉と、未だ充分には紅葉していない薄紅葉(もしくは青葉)を対称的にうまく扱い、生々流転し変化し続ける自然の原理を、こころの内に感じ取って挿けるものである。花器は台付きの広口を用いて、陰陽二石もしくは天地人三才の石飾りをする。
先ず、天石の後には大株を挿ける。古木を用いて古木扱いをし、これに添える枝として、真俊の紅葉を使って挿ける。この真俊の紅葉は、花形という法格にこだわり過ぎることなく、自然の風雅ある姿を表現し、あまり手を加えず実の姿として挿ける。
また一方、地石の後には小さい株にして、薄紅葉(もしくは青葉)のものを使って挿ける。このときの真俊の紅葉は、虚として法格を守り、横姿に挿ける。法格を守って挿けた花形は、すなわち人工的な虚のものである。自然という実の草花に、花形としての虚を加える。これを虚実等分という
無形無限を現す天円は万物の本質(体)であり、有形有限を現す地方は万物の現象(用)を成すところである。大きい主株の立姿は「実」であり「体」である。一方で小株の横姿は「虚」であり「用」である。二にして一、また一にして二の関係を持つ、体用相応した体と用は不二一体のものであるといえる。この真俊の挿け方は、無限の本質と有限の現象を現す「体用の挿け方」である。
なお、この景色は散る景色を現すものではないので落葉を使うことはない。
2 紅葉龍田川へ散る景色 挿け方
龍田川は奈良県生駒郡龍田町にあり、近くに龍田神社がある。昔から紅葉といえば龍田川を連想するほどに有名である。この秋の龍田川の紅葉散る景色を挿け花として移しとるものである。
花器は台付きの広口で、真ん中に黒白の石でもって龍田川の川を現す。黒石は斜めにとるほど急な川を現すが、この龍田川は清らかな急流であるので、黒石を使って細目に斜めに川をとる。花留は蛇籠二つ三つを用いて留めると伝書にあるが、蛇籠で留めるのではなく景色の添え物と考えて扱うものである。本来、蛇籠は川の流れの急なところに用いて、両岸の侵蝕などを防ぐ設備のことであり、花留として使うときは中に石を入れて用いる。また天石・地石・人石の三石を用いて、三石の飾り石をする。花が主位であれば石は客位に、花が客位であれば石は主位に挿けて陰陽和合の姿にする。
挿け方として先ず、川の向こう天石のところには古木を用いて、葉付の風情のあるものをこれに添わせて挿ける。これは散る姿を現す挿け方であるので、葉は余り多くつけず閑静につけておき、また自然の実の姿でもって法格にあまりこだわらず雅味のあるように挿ける。
次に川の手前の地石には紅葉の盛りのものを正しく法格を守って、虚の姿にして横姿に挿ける。この株は紅葉真っ盛りの姿であり、まだ散るには至っていない風情で挿けるものである。天石の実の姿と、そして地石の虚の姿でもって体用の挿け方とする。
最後に葉を五・七葉と、瓶中や瓶外に日表・日裏を取り混ぜて自然な感じに散らし、紅葉の散る景色を表現する。
また置花器や薄端などを用いて、紅葉散る景色を表現することもあるが、この時も古木扱いにして若枝を姿よく応合って挿ける。紅葉していく植物には楓の他に錦木・いちょう・くぬぎ・けやき・ぶな等多くあるが、楓は紅葉の王として最も尊ばれ、その総名の「もみじ」を己の名前にしているのである。春の桜は諸花の首、そして秋の楓は紅葉の長と並び称し、桜の景色と紅葉の景色の挿け方が原一旋転の巻に記されている。
3 桜散り景色 挿け方
花器は台付きの広口を使い、三才または陰陽二石の飾り石をする。先ず天石には風雅な姿の古木を使い、葉付の風情のあるものをこれに添わせて挿ける。これは桜の散る姿を表現するものであるので、葉は余り多くつけることなく閑静な様になる程度につけておく。また自然の実の姿にして、さほど法格にこだわることなく、雅味のあるように挿ける。そして、古木より若枝を添わして古木扱いをして挿けていく。ここで古木と若枝を使うのは、万物が生々流転し変化し続ける時間の流れを捉えたものである。
次に、地石には若枝を横姿にして、正しく法格を守って、虚の姿として挿ける。これは、谷に咲く桜の景色を現したものであり、よって莟と開花を取り混ぜて挿け、咲き始めの桜の景色を表現する。
既に花が散っている姿を現す天石に挿ける桜に対して、日当たりが悪いためにようやく花がちらちらと咲き始めた谷間に咲く景色を現した地石に挿ける桜、この対極に見てとれる桜を相対的に扱って挿けるものである。実の扱いをする天石の花と、虚の扱いをする地石の花を広口のもとに移しとる、すなわち虚実等分・体用の挿け方である。
無形無限を現す天円は万物の本質(体)であり、有形有限を現す地方は万物の現象(用)を成すところのものである。天石に挿ける大きい主株の立姿は、法格を正しく守ることに固執することなく、よって「実」であり「体」である。また一方で地石に挿ける小株の横姿は、法格を正しく守り、よって「虚」であり「用」である。二にして一、また一にして二の関係を持つ、体用相応した体と用は不二一体のものであるといえる。この桜散る景色は、紅葉真俊の挿け方と同様に、無限の本質と有限の現象を現す「体用の挿け方」であるといえる。自然の時間的流れのままに花を散らす桜の「性」と閑静な「情」でもって表現し、この性情の両気を備えた体用相応した姿で挿けるものである。
また瓶中・瓶外に桜の花を程よく散らして使い、桜散る景色を風情よく移しとる。
4 桜散り残りたる景色 挿け方
花器は台付きの広口を使い、三才または陰陽二石の飾り石をする。先ず飾り石の定法である天石のところへ、洞のある古木を使って古木扱いにして立ち姿に挿ける。このときの姿は、老樹の桜が自然にして、久しい時の流れを感じさせるような趣でもって、実の姿で挿ける。桜の古木がなければ、他の洞のある古木を用いてもよいが、このとき桜の皮を外したものを巻いて、桜の老幹の感じを作り出す必要がある。
次に、この古木の洞の中に、花が九輪ばかり付いた桜の枝を挿ける。日の当りの悪い洞の中では開花も遅れ、また風雨にさらされることもないので花が散るのも遅くなる。この桜を「花留桜」といい、散り残った桜の花をここに表現するものである。また九輪の花のついたものを使うのは、九は地の数であることに因る。大地の恵みのもとで、実の姿として桜が散り残った風情を現すのである。この「花留桜」以外には花を使うことなく、花の過ぎた姿の桜だけを使って挿ける。この洞を使って古木扱いをするところの、天石に挿ける大株の桜は、「実」にして「体」であるといえる。
そして、この大株の桜と谷間を分けて、若枝を横姿にして地石のところへ小株でもって挿ける。この若枝には花が程よく散り残ったものを使って挿ける。日当たりが悪いために咲き始めるのが遅く、そのぶん散るのも遅れた谷間に咲く桜を移しとるものである。この横姿に挿ける桜は法格を正しく守って挿け、すなわち「虚」にして「用」であるといえる。
実の扱いをする天石の花と、虚の扱いをする地石の花を広口のもとに移しとり桜散り残りたる景色を現す。すなわち、これは虚実等分・体用の挿け方である。そして最後に、瓶中・瓶外に桜の花を程よく散らして使い、桜散り残りたる景色を風情よく移しとる。
また置花器・薄端などに挿ける時も、体に古木を使って古木扱いとし、これに花の付いた枝を姿よく応合って桜散り残りたる景色を表現する。古木に若枝を添えて使うことで、生々流転する時間の流れを己の内に感じることができよう。
桜は「千早振る神代の頃、花を挿む事の始めに花瓶に移し給いしとなん。石上古き書に見えたり、是れ試に二本にては草木花中の主にて、蔵王権化のご神木なれば、是軽々しく取り扱うことを禁ず。」とあるように、古来より桜は花の王と称せられ、また日本の国花としても尊ばれている花である。
5 山吹玉川の景色 挿け方
この玉川は、山城の国の井手(現在の京都府綴喜郡井手町)にある、木津川に流れ込む小川のことである。奈良時代、この井手の地は橘諸兄の管轄地で別荘があった。そして諸兄は井手の左大臣と呼ばれていた。この井手の玉川は、どうしたわけか水量が乏しく、そのため水無川とも呼ばれていた。そこで諸兄は井手の玉川から庭に水を引き入れて、一面に山吹を植えた。それが玉川をはじめ、井手の邑に咲き誇るようになったので、いつしか山吹は井手の枕詞となり、多くの歌に詠われたものである。また、藤原俊成が新古今集で詠んだ「駒とめてなほ水かはん山吹の花の露そふ井手の玉川」という歌が有名である。
山吹玉川の景色は、この美しく流れる玉川に咲く山吹の情景を、広口に移しとったものである。水を現す黒の石と、陸を現す白の石を使い、流れの急な小川を表現するために、川を表現する黒の石は斜めに取る。そして、蛇籠(じゃかご)を二つ三つ用いて花を留める。蛇籠とは、丸く細長く粗く編んだ籠の中に、砕いた石などを詰めて、河川の護岸や水を防ぐものとして使われるものである。花留としての蛇籠は、中に砂や石を詰めて花を留めて使う。この花留の蛇籠の寸法は、長さ九寸・差し渡し三寸六分の大きいもの、長さ八寸・差し渡し二寸八分の中のもの、また長さ七寸二分・差し渡し二寸四分の小さなものと三種類あり、それぞれ広口に合わせて用いる。
山吹の花は、立姿と横姿を二株・三株・五株と広口の大きさに准じて挿けていく。立姿の主株は広口の定法のところ、すなわち天地人の天石に位置するところに挿ける。また一方、横姿の株は人石に位置するところに挿ける。この山吹は、枝が横に広がる出生をもつ。そこで、立姿として程よい山吹の枝を見立て、自然の枝を生かしながら風流に挿けることが大切である。玉川の水の流れに咲く山吹の美しさを愛すこころでもって挿けるものである。また水揚げの悪い山吹を挿けるにあたって、その根元にアルカリ性のみょうばんを擦りつけたり、酸性の酒に浸す等すると水揚げの効果がある。
この井出の玉川をはじめとして、歌枕としてよく詠まれる玉川には六つあり、あわせて六玉川とされている。三島の玉川・井出の玉川・野田の玉川・野路の玉川・調布の玉川・高野の玉川の六つで、それぞれの玉川の特徴を現した和歌や浮世絵がある。以下に詳細を述べる。
三島の玉川は、摂津国の玉川、現在の大阪府摂津市三島にある川で、別名「砧の玉川」と呼ばれている。「砧」とは布を柔らかくするときに使う木の台の事であり、浮世絵として、河畔で砧をうつ女性などが描かれている。また「見渡せば 浪の柵
かけてけり 卯の花咲ける 玉川の里」(後拾遺集)、「松の風 音だに秋は 寂しきに 衣うつなり 玉川の里」(千載集・源俊頼)のように、卯の花や衣を打つ様子が詠まれた歌が多く残っている。
井出の玉川は先ほども述べたが、山城の国の玉川、現在の京都府綴喜郡井出町を流れる川である。山吹の名所であり、浮世絵にも、山吹の咲く浅流を乗馬する様子などが描かれた。「駒とめて
なほ水飼はむ 山吹の 花の露添ふ 井出の玉川」(新古今集・藤原俊成)「かはづなく 井出の山吹 ちりにけり 花のさかりに あはましものを」(古今集・読人不知)の歌などが詠まれている。
野田の玉川は、陸前国の玉川、現在の宮城県宮城郡母子川の末流で、別名「千鳥の玉川」と呼ばれている。砂浜を飛ぶ千鳥の群れなどが浮世絵に描かれている。「夕されば 潮風こして みちのくの 野田の玉川 千鳥鳴くなり」(新古今集・能因法師)と、絵と同様に、千鳥や潮風がよく詠まれた。
野路の玉川は、近江国の玉川、現在の滋賀県草津市野路にあり、琵琶湖にそそぐ小川で、別名「萩の玉川」と呼ばれ旅人たちの憩いの場だったと言われている。萩の花の咲く川に、月を投影した様子などが浮世絵に描かれた。「明日も来む 野路の玉川 萩こえて 色なる波に 月宿りけり」(千載集・藤原俊成)など、萩の花を詠んだ歌が多い。
調布の玉川は、武蔵国の玉川、現在の東京都調布市の多摩川である。綿織物の名産地で、女性が河畔で布さらしをしている様子などがよく描かれている。「たづくりや さらす垣根の 朝露を つらぬきとめぬ 玉川の里」(拾遺愚草・藤原定家)「多摩河に 晒す手作り さらさらに 何ぞこの子の ここだかなしき」(万葉集・東歌)等の歌が詠まれた。この歌の中の「手作り(たづくり)」とは、綿で織った布のことで、それを川にさらしている様子が詠まれたものが多い。
高野の玉川は、紀伊国の多摩川、現在の和歌山県奥院大使廟畔の小流である。また、死者生前の罪業を払う、流れ灌頂が行われる川である。浮世絵としては高野山中の渓流などが描かれている。また「わすれても 汲みやしつらむ 旅人の 高野の奥の 玉川の水」(風雅集・伝弘法大師)の歌が詠まれている。
6 杜若八ツ橋の景色 挿け方
「むかし男ありけり」の出だしで有名な「伊勢物語」に、京の都を追われて鎌倉に下るようにと、左遷を命じられた在原業平のことが描かれている。在原業平は東下りする途中に「八橋」という地(現在の愛知県知立の東部)を訪れた。「ここを八橋と言ひけるは、水行く河の蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せるなり」と伊勢物語にある。その八橋の逢妻川の辺に、杜若が美しく咲いており、旅の一行の一人が「かきつばた」の五文字を読み込んで旅の心を歌にするように業平に促した。その時に詠まれた歌が、「からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもう」である。その意は「旅を続けるにつけ、唐衣の褄(つま)が次第に身に柔らかく馴じんできた。この唐衣のように慣れ親しんだ都や、都においてきた妻のことを想うと、なんと侘しいものか。ほんとに遠くはるばる来てしまったものだ。」というものである。この在原業平の気持ちを察した旅の一行の者は涙したと言われている。この故事を偲び、このときの杜若の情景を表現するものである。
小さな広口に黒白の砂利をもって川を取り、この八ツ橋の景色を移しとる。このとき黒は陰を現す水、そして白は陽を現す陸地と考える。この八つ橋の景色は、先ず広口の真ん中に大川を取る。大川といっても、非常に流れの緩やかなものであるために、よって真横に幅広く黒石で現す。ちなみに縦に川を取れば、急な川の流れを表現することになる。その大川の左右に蜘蛛の手のように川が集まった四川の支流を作る。この大川を挟んで出来た八川に橋が掛けられているかのように杜若を挿けるものである。
杜若は、それぞれ岸の方に寄せて挿けていく。先ず、定法のところへ、すなわち三才の飾り石の天石の位置に大株を挿ける。花は五輪以上手練に従って、二十五、二十七輪と使い、花は三葉一花の心でもって挿ける。この大株の後より広口の中央に向かって、蜘蛛の巣とぢ葉三枚を水を潜らして出す。この上に半開一輪、追葉二枚を加えて五葉一花の横姿とする。この蜘蛛の巣とぢ葉は、蜘蛛の手の如く広がる川の景色を受けたもので、追葉二枚(太刀葉・冠葉)は、冠を付け太刀を付していた在原業平を現す。そして半開一輪は、このときの業平の心を察するものである。また留に水吸い葉の二枚を加える。
この追葉(太刀葉・冠葉)は、以下に詳細を述べる。昨冬、地下茎に包まれていた蕾が、寒気の為に外に出でる事が出来ず越年し、春の陽気の萌しによって地上に姿を見せ花を開くが、その間この花を冠包んで寒気から守ってきた花茎の付き葉が、花咲く頃には長く伸びていく。この花茎の付き葉を「冠葉」という。また同じ花茎の付き葉として冠葉よりも新しい葉で、花茎の一番上にある葉を、その立ち昇った姿をもってして「立葉」「太刀葉」という。これは伊勢物語の「八つ橋」の故事に登場する在原業平が、冠を付け、太刀を付していた事に由来するものである。この「太刀葉」「冠葉」は花茎の付き葉であるため、これを好みの長さに組合わせることが出来ない。そのため、他の組葉の長い葉をもって代用させて、「太刀葉」「冠葉」として長葉を入れる。これをもって追葉というのである。すなわち、これは虚の生け方であるといえる。多く体の後ろに用いたり、また八つ橋の景色挿けにおいて、蜘蛛の巣とぢ葉3葉と合わせて太刀葉・冠葉の追葉二葉を使うのがこれである。
さらに冠葉には、露流葉(下に垂れ下がったもの)・露受葉(斜上に立上ったもの)・露止葉(真横に出たもの)の三通りのものがある。秋の杜若においては花を葉よりも高く用いるが、花茎に実の姿の「太刀葉」「冠葉」を花茎に残したまま使うこともある。これは、すなわち実の挿け方であるといえる。
つづいて八ツ橋の挿け方として、七葉二花の立姿、五葉一花の立姿、七葉二花の横姿と都合五株を、向こうと手前の川に景色よく挿けていく。そして、その間々に若芽を二・三枚ずつ組んで、水切葉・水吸葉として挿ける。この水切葉・水吸葉とは、水を切って生じ、また水を吸って成長する成長途上の葉である。この挿け方は、在原業平の心を感じながら、八つ橋の情景を移しとって挿けることが大切である。
7 遠山霞花の景色 挿け方
微細な水滴が空中に浮遊して空がぼんやりして、遠方がはっきりと見えなくなる春の現象のことを霞(かすみ)という。またそのような秋の現象のことを霧という。この霞は、穏やかな春の日の明け方や夕方ごろによく生じる。
この遠山霞は、霞が遠方の山々に帯状にかかって、雲のように見える景色を移しとったものであり、よって春に挿けるものである。二重切もしくは三重切の花器を使い、上口には草花を挿け、下口には木物を上口の花よりも高く挿ける。
先ず、上口に挿ける草花は、山の上に咲く草花を山の下より見上げたものとして、遠くかすんだ景色を現すように、花や葉が明白に分かりにくい「霞花」の風情で挿けるものである。小菊などを上口に挿ける時は、この「霞花」の風情で、小さく切り葉にした葉を主体にして、莟・半開のものがちらちらと見え隠れするように挿ける。とにかく、この上口に挿ける草花は、葉が小さく、そして数もしっかりしていないような花材がふさわしい。
次に、下口に挿ける木物は、上口に挿けた草花より高く使い、霞がかかる遠山の景色を移し取って挿ける。下口に挿ける木物の留のほうは近景を、また体のほうは遠景を表現するもので、この体の懐あたりにかけて霞がたなびく風情が感じとれるようにして挿けるものである。
8 糸柳三景 挿け方
糸柳はしだれ柳ともいう。糸柳三景として、「糸柳長閑の景色」「糸柳春風に随う景色」「糸柳雪中の景色」の三つの挿け方が伝わっている。
先ず「糸柳長閑の景色」は、風も吹かない春の日に、糸柳が静かに垂れ下がる風情を現す挿け方である。このとき、花器は掛花器の二重切を使って挿ける。上口には、柳を横姿にして十分に垂れ下げて使い、柳の本性と長閑なこころを表現する。
糸柳は枝が垂れるのが本性・出生であって、よって垂れ下がる「死の枝」が実の姿である。また一方で立ち上がる「活の枝」は虚の姿であるといえる。この虚実の姿をもって、垂れ下がる「死の枝」が七割くらいに、そして立ち上がる「活の枝」が三割くらいとなるように定めて、死活の枝をつくって挿けていく。「死の枝」の次は「活の枝」、そしてその次は「死の枝」とバランスよく使っていくことが大切である。
また、留の枝は短いので「活の枝」を中心に挿けてもよい。ただしこの時も枝先に強い勢いを持ったものを使ってはならない。この糸柳は、法格を正しく守ることに固執することはない。垂れ下がる柳の性と、そして長閑な情でもって表現し、この性情の両気を備えた体用相応した姿で挿けるものである。この糸柳長閑の景色は、体である性と、用である情を現す体用の挿け方なのである。また一方で、下口の花は椿などを立姿にして、しっかり法格を守って挿けるものとする。
次に「糸柳春風に随う景色」は晩春の風景であり、暖かく強い春風によって、川辺に大きく垂れる柳が吹き上げられている様子を現す挿け方である。このとき、花器は置花器か薄端を使い、古木に若枝を添えて挿ける。
挿け方は、体は「吹き上げの枝」として、風が下から吹き上げるように枝先を上にため上げる。そして用は「吹き下しの枝」として、体の枝を吹き上げた風が、回り回って用の枝を留の方に向って吹き下している姿にする。また留は「吹き流しの枝」でもって、用の枝からの流れを受けて水平に流して挿けるものである。
このように垂れ下がる柳の本性と、柳が春風に舞う情を表現する。このように、性情の両気を備えた、つまり体用相応の姿でもって挿けるものである。この挿け方は風情ある柳の姿を表現するものであり、よって多少の枝の見切りは許される。これに応合う花としては、椿や千両など華奢な花を選んで挿ける。
最後に「糸柳雪中の景色」は冬の雪の中の景色であり、夜に降った雪のために、柳が一層垂れ下がった姿を表現するものである。雪の中の景色であるので、応合いの花を使うことはなく、小垂れの柳を使って一種でもって、置花器か薄端に挿ける。
全体の姿として、雪が降り積もったような様になるよう柳の枝をためていく。枝の上の部分は雪の重さでたわみ、枝の先の方が雪をはね上げるような感じになるようにして挿ける。また、枯木に若枝を添わして挿けて大樹の姿を現す。枝のため方としては、ためる角度をきつくして、角だてて肩をそびえさせるようにする。やわらかな円味のあるようなため方はしない。また、このときの糸柳も法格にあまり固執することなく、体用相応のこころでもって挿けるものである。
9 銀柳 米柳 数挿け 挿け方
銀柳はかわやなぎのことで、これを三百本・五百本と数多く挿けることがある。その挿け方として、先ず数本を同じ長さとならないように流れをもたせて一つの束とする。そして束としたものを、半ばより下の芽をきれいに取って一本づつ揉めて姿を整えていく。このような束をいくつか作って組み合わせ、全体の姿に挿け上げていくものである。一本一本の枝が流れを作り出し、繊細な線の美をかもし出すようにして挿けることが大切である。
また、米柳はこおりやなぎのことで、これを数多く挿ける方法としては、銀柳のそれと同様である。米柳は「内用」や「留流し」などに挿けると、特にその繊細な美が引き立つものとされている。この応合いの花としては、草花や、また木物であれば椿などを添えて挿けるとよい。
10 猫柳 玉取り 水潜り 挿け方
取り合わせや配合が良く、美しく調和する様を例えるものとして、「梅に鶯」「竹に虎」「竹に雀」「牡丹に唐獅子」「紅葉に鹿」という言葉があるが、猫といえばすぐに猫が玉を取る姿を思い浮かべる。
先ず、「猫柳玉取り」の挿け方として以下に述べる。猫柳の穂の銀毛は、猫の姿を思い出させる。この猫柳に玉を取って挿けるわけだが、この玉は体の後に体添の枝でもって玉の姿を備えるのが一般的である。しかしまた、用の下や留の下に取っても構わないともされている。
勢いよく伸びる出生をもつ猫柳は、伸びすぎた枝先が何かのはずみで下に垂れて、玉の姿が出来ることがある。この風情を移しとった挿け方である。この玉は大きすぎても、小さすぎても調和はなく、花の姿全体から見て玉の大きさを定めるものである。また柳の線の美しさを引き出すことに重点をおき、その応合いの花として添えるとすれば、葉物か草花に限られる。
次に、「猫柳水潜り」の挿け方として以下に述べる。川などの水辺に生じる猫柳の枝が長く伸びたり、また倒れたりして水中に潜って水に流される。そして、その枝先が再び水面に伸び上がる様を移しとった挿け方を「猫柳水潜り」という。
このとき花器は広口を用いて、水を現す黒い砂利と、陸を現す白い砂利を使って水陸を分ける。縦に川をとれば急流、また横にとれば緩やかな川の流れを表現できる。この陸を現す白石のところに、猫柳を用流しや留流しにして挿ける。そして、この流しの枝が水中を潜って、再びその枝先が水上に立ち上がってくる姿を表現するものである。このとき柳の枝を自然に水に潜らせ、またその立ち上がった枝先にも、自然の美を備えることが大切である。さらに水中のところへ、冬咲きの杜若などを応合ったり、また猫柳の根元に陸草や草物を応合って挿けたりとする。
11 南性北性の梅 挿け方
梅の挿け方として、「珍花」「正花」「残花」と三通りある。この早咲きの珍しい梅である「珍花」、そして旬の「正花」、また晩春に残った梅である「残花」の三つを総称して「三世の花」という。「珍花」である南性の梅と、「残花」である北性の梅を二瓶対に並べたり、又さらに中央に「正花」を置いて三瓶とする。これは始・中・終という万物自然の流れを感じ取って扱ったものである。また、それぞれ一瓶のみを挿けて置いても構わない。
客位に挿けたものを「南性の梅」といい、主位に挿けたものを「北性の梅」という。客位は、左旋する花全体が陽であるが、その中心となる体は右旋して陰となる。よって客位は陽(陽中陰)であるといえる。いっぽう主位は、右旋する花全体が陰であるが、その中心となる体は左旋して陽となる。よって主位は陰(陰中陽)であるといえる。この陽(陽中陰)である客位には、陽性である「南性の梅」を挿ける。春の陽気を受けて南の方の枝から咲き始めた梅の花、この珍花の風情を南性の梅で表現する。いっぽう陰(陰中陽)である主位には、陰性である「北性の梅」を挿ける。「南枝に始まって北枝に終る」というように、北枝の残花に惜春の情を、この北性の梅でもって表現するのである。
南性の梅・北性の梅ともに一本の枝で体用を備えて、体には半開の花を、そして用には満開の花を使って挿ける。また留は別の枝を用いて、花も莟のものを使って挿ける。
この南性の梅・北性の相違点としては、南性の梅には、早春の花として、春一番の陽気を受けた風情を現し、よって咲き始めの満開の花を用に使って挿ける。また一方で、北性の梅には、晩春の花として、残花の風情を現し、よってその年の春の最後に残った風情ある花を用に使って挿けるのである。この南性の梅は早咲きの珍花を、そして北性の梅は残花を、その枝ぶりや花の状態で趣きよく表現することが大切である。
また体の後など程よい所に若枝(ズアイ)を使い、女画を取って挿ける。女画とは、交差した梅の出生を表現するものである。花器は薄端などの置花器を使うものとする。
12 臥竜梅 挿け方
臥竜梅は、江戸本庄亀井戸村にあった梅のことで、そのむかし水戸の徳川光圀公が、竜が臥しているようなこの梅の姿を「臥竜梅」と名付けたとものと言われている。この臥竜梅は、幹が地にわだかまり、その枝は垂れて地につき、そこからまた根を生じるような強い勢いのあるものである。
この臥竜梅を挿けるときは、先ず竜の臥したる如き曲のある大きな古木を横姿にして、五徳などで留めて広口の向こうの隅より手前の隅へと振り出して、水をまたいで土に潜っていくようにして用いる。そしてまた、その土より再び立ち伸びた幹を、別の枝でもって挿けるのである。この先の枝は、立ち上がるように挿けてもよいし、また再び土に進む勢いのあるように揉めて使ってもよい。
古木の根元である留のほうを竜の頭に、土より新たに生じた枝のほうを竜の尻尾に見立てるわけだが、この臥竜梅の大木が土に潜っていく様に、竜が臥しているかごとき勢いを見て取ることができる。また、強い勢いのある小枝を使って、竜の四肢や爪を現し、さらに梅の若枝(ヅアイ)を使って臥竜梅の勢いを強めたりとする。
この臥竜梅は、砂利留めにしたり、また飾り石を使って、大広口もしくは大小の広口二個を斜めに置き合わせて挿ける。万年青、水仙、福寿草など応合いの草花を、これに添えて挿けても構わない。
以上、梅の景色挿けとして、南性の梅、北性の梅、臥竜梅の三つの挿け方が伝書に記されているが、その他の梅の景色挿けとして、最後にいくつか挙げることとする。先ず「霞中の梅」は、早春にかかる霞を通して、これから咲く梅の香を感じるような心でもって、春分に白梅を挿けたものである。次に「凌雲梅」は、梅が雲を貫くように立ち上がった姿を移しとったもので、若枝であるズアエを三本特に高くして挿けたものである。また「雪中の梅」は、春を待たずに雪の中に先がけて咲く、梅の力強い姿を現したもので、雪割り草とも呼ばれる水仙をこれに応合って挿けたものである。
13 根遣い三種 挿け方
「根遣い」の挿け方は、縁起のよい吉事が永久に続くことを願ったものである。本来、挿け花は草木の花・葉・枝のみを用いて挿けるものであるが、この「根遣い」の挿け方においては、根も使って挿けるのである。草花の源である根を切らずに挿け花として用いることで、永久に流転する吉なるものを現したものである。この「根遣い」する花として、福寿草・富貴草(ふっきそう)・水仙の三種がある。福と寿という目出度い名をもつ福寿草、富み栄え貴い富貴草、そして清純なるものを現す水仙の三種を吉なるものとする。
先ず、福寿草は花丈が短いために、浅い薄広口を使って石飾りをして挿ける。天地人の三石、また陰陽の二石、さらに五石、七石と石を飾り、天一地六の割合で小石を配する。石が主位であれば、福寿草の花は客位とする。一種で挿けたり、また、白梅の応合いとして添えて使ったりする。何れにしても白い根を見せて使い「根遣い」の挿け方をする。
また吉事草の別名をもつ富貴草は、地下茎が横走して山地に群生する常緑の多年草である。この富貴草も、決して根を切ることなく挿けるものである。ちなみに富貴草(ふうきぐさ)と言えば、牡丹の異称となる。
そして、厳しい寒さの中に花を生じ、草花の仙とも言われる清純なる水仙も、この「根遣い」の挿け方をするときがある。水仙が最も盛んとなるのは、一陽来復の冬至の頃であるが、漸次芽生えてきた陽気に連れられて、春になれば白根が盛り上がり、花も高く成長する。この花を葉よりも高く使う「春陽」の挿け方をする頃に、白い球根を使って「根遣い」の挿け方をするのである。浅い薄広口などの据物に石飾りをして、真の花留として砂利留めにして挿ける。また、白梅の応合いに添えて使うこともある。
14 白蓮一輪 挿け方
泥の中に成育する蓮であるが、そのような中にあっても泥に染まることなく清浄な姿をもつ蓮は、諸仏の座するところとされ清い花として常に尊ばれてきた。蓮の花は荷華、また蓮の葉は荷葉ともいい、荷は蓮のことを指すものである。「蓮の出生は、荷葉といって、二葉一花を生じても、一葉は浮葉となって、すなわち水上には一花一葉を生じる。」と伝書にあるように、二葉の内の一葉は浮き葉となって水上に留まり根元を守り、そしてもう一葉は花と共に空中に伸び上がって花を守る。従って水上より上に見えるのは一花一葉である。この自然界にあって、一花一葉の出生をもつものは蓮だけである。
この蓮を挿けるときには台付きの広口を用いる。先ず定法の主株のところへ、大葉一枚を挿け、これに花を一輪だけ添えて挿ける。花は開花のものであれば葉よりも高く使い、また莟であれば葉よりも低く使って挿ける。この扱いは蓮の出生に沿ったものである。
次に半開の葉と巻葉を、これに添えて姿よく挿ける。本来この葉にも花があるはずであるが、半開・巻葉の状態では花は未だ水上には生じていない状態であるものとして、この葉に対する花を挿けることはない。またそれより魚道を分けて、浮き葉を大小二枚使って挿け蓮の出生の景色を移しとる。
このように挿けた蓮の一花を愛でて、過去・現在・未来の三世というものを明らかにするのである。つまり花は現世にして、その中に莟という過去の姿があり、又その中に蓮肉つまり果肉・種子があって未来の姿を含む。この蓮の一花という現在の姿を篤と見てとり、そして目前に見ることは出来ない莟や蓮肉という過去と未来を心眼でもって感じとるのである。
このように、現世に過去・現在・未来という三世が備わっているものは蓮以外にはないといえる。開花を現在と、莟を未来と、蓮台を過去と説く者がいるが、これは誤りである。開花は開いた花の現在、そして莟は莟の現在、また蓮台は蓮台の現在である。目の前にある厳然と在るものは現在であり、心眼をもって対象の奥にまで深く眼を向けてこそ、ようやく過去や未来が見えてくるものである。時間の概念を心眼で捉えて、蓮の一花の奥に潜む過去や未来を心眼でもって感じ取る。これが未生でいうところの、蓮の三世の挿け方である。
仏の教えは平等を説き、よって過去・現在・未来を問わず天地万物というものは時空・方位・大小・多少に関わらないものであって、また極楽浄土には過去・現在・未来の区別がない。時空を超越した姿を持つとされる蓮は、浄土の世界を象徴した花ともなっている。そしてそこでは観音様が蓮の花を持って出迎え、それぞれの魂は蓮の中に生れおちる。一人一人の罪業や善根により、この蓮の花が開く期間の長短が異なるともいわれている。
未生流の「体」は、天地の間にあって動かない万物一体の体である。そして「用」は四時に移り変わり千変万化して、また一なる体に帰っていく働きである。この体つまり万物の根元である「太極」が生じる前にあった「未生以前」の理を知り、草木を愛するこころを知る。未生流挿花は単に花を美しく挿けるだけのものではない。万物の根元にある最も大切なものは何かと模索する事、そしてまたそれを感じることに、花を挿ける意味があるといえよう。
15 芦一式 挿け方
芦の由来するところを述べたい。この日本というものが未だ開かれていない青海原の草原であったときに、始めて芦が芽生えて、次第に蔓こって遂には大成島に広がり、この日本という国が出来たとされている。つまり芦の広がりが玉垣(日本国)の始まりであると捉えることができる。よって、この森羅万象の主ともいえる芦をみだりに取り扱うことを未生流では禁じている。
この芦の挿け方として、花器は広口を用いて三才の石飾りをする。先ず、天石の後ろへ芦を三本か五本挿ける。この姿は空にして、また出生を重んじて自然の姿を「実」として挿ける。つまり自然のあるべき姿を純粋に捉えて、不変なる自然の姿を無相・空相でもって挿けるものである。すなわち、これは「体」であるといえる。
次に、人石より二本か三本の芦を法格を守って、「虚」の姿として横姿に挿ける。天石に挿ける体の姿に対して、この地石に挿ける姿は「用」であるといえる。この「体」と「用」でもって虚実等分とし、「体用の挿け方」とするものである。
そしてまた、地石のきわには、白い芽出しの若芽を、法格を守って虚の姿で三本挿ける。これを「飛根」といい、白い芽出しの若芽を使うことで、青海原に始めて芦が生じた景色を移しとるものである。黙して心眼でもって、万物の無きところに始めて一物が生じた姿をここに感じ取るのである。この芦の芽出しは「無一物」として「未生以前」を現すものである。万物が生じる前、またこの天地が生じる前には、形のない一物のものがあった。この一物は未生以前という根源的な太極であるといえる。
この芦を挿ける時は、床の中央に置いて挿けるものである。このとき掛け物は外しておくが、大きい床であれば二幅対の掛け物を用いても構わない。なお、同じ間に他の花を挿けてはならない。書院には、釣香炉に香を焚いてもよいとされている。
16 段取物 挿け方
花が一輪づつ散らばって付くことなく、小花が一箇所に集まって咲く花材を挿けるときの方法を段取挿けという。小花のかたまりを一段とし、そして五段から七段、九段と段を作って挿けることから、この名がある。この段取挿けをする花材としては、羽衣草・小車草・弁慶草・小菊・しもつけ・なでしこ・藤袴・女郎花・男郎花などの花が挙げられる。
先ず、五段の段取挿けとしては、用・用添に二段、そして体・体添に二段、また留に一段と挿ける。次に、七段の段取挿けとしては、用・用前添・用後添に三段、そして体・体添に二段、また留・留添に二段と挿ける。そしてまた、九段の段取挿けとしては、体用留ともに三段づつ、前添と後添をそれぞれ配して挿けるものである。いずれにしても花の大きさに大小の変化をつけて、花の美しさを引き出すようにして挿けることが大切である。また、花が階段状に並ぶと段々花として禁忌に触れるため、そのような様にはならないように気をつけて挿けなければならない。
また段取挿けをする女郎花の挿け方として、「女郎花は、諸草に異にして花と葉と同じ年に生ぜず、今年葉を生ずれば、明年葉の跡に花を生ず、これ大根葉と名づけて、花と葉に株を分かちて界を入る。これ二季の通いを備えて葉組を成す」と伝書にある。女郎花を広口に段取にして挿ける時は、株を分けて出生の葉を使うのである。この出生の葉とは、今年生じた花のところに付いた、昨年より生じていた大根の葉に似た大きな大葉のことをいう。この組み方としては、葉を向き合わせて形を整え、花を体と用に使い大根葉を留に挿けたり、また大根葉を前留にして内用前留の姿にして挿けたり、そしてまた株分けにしたりと、うまくこれを扱って挿けるものである。
17 藺物 挿け方
藺はイグサ科の多年草で湿地に自生し、茎の先端に小さな花穂をつける。細藺(ほそい)・三角藺・琉球藺・富久藺・太藺などの藺物は、細い茎を何本か集めて一段とし、そして五段・七段・九段と段取挿けに準じて挿けるものである。
段取挿けの五段は、体・体添・用・用添・留、もしくは体・用・留と大小の切株二段の合わせて五段として挿ける。また、段取挿けの七段は、体・体添・用・用添・留に、大小の切株二段を加えて挿ける。そしてまた、段取挿けの九段は、七段に相生と控を加えて挿けるものである。
「富久藺の出生は根元株になりて蒲の如く、末は藺の如くなり。しかし少し平みあり」と伝書にあるが、特に富久藺は四季を通じて生じるもので、その時の時候の草花を添えて挿ける。また細藺・三角藺・琉球藺・富久藺などの藺物に添える、応合いの草花としては、杜若・水葵・沢瀉・猿猴草・河骨などを挙げることができる。
太藺は縦縞があって、また横班があり上品なものである。この応合いに添えるものとしては、蓮・河骨などの水草の類がよい。また、三種・五種と数多く取り合わせて挿けてもよい。水陸分けにして、陸草を応合って挿けることもある。
藺物を挿けるときの花器としては、据物、また置舟、釣瓶、薄端などの口の広いものを用いる。このとき、藺物の体後添に、一本から数本折れたものを使って「腰折れ」とするのも風情がある。また杜若を用に使い、体に藺物を、そして留に河骨を使う挿け方などもおもしろい。このように、藺物は趣向を凝らして種々に取り合わせて挿けるものである。
18 木賊刈込み 挿け方
木賊刈り込みの挿け方は、数多くの木賊を使い、また切り株も加えて、刈り込まれた木賊の情景を移しとるものである。木賊を刈る老人が、別れた愛児の好きだった小歌曲舞を舞った後に、偶然にもその子と再会する能「木賊」などがあるが、木賊といえば刈り込みを連想する。
先ず「体を虚実にして挿花の法に揉める」と伝書にある。木賊は直立する出生をもつが、この自然の姿を揉めて虚を加えた姿にするのである。しかし、大きく揉め過ぎて、木賊の直ぐなる出生の美を摘み取ってしまわないように、虚の中にも実なるところを残すことが肝要である。
一方で、出生の直きところは、用と留に使って挿ける。これは木賊の自然の出生を生かすもので実の扱いである。また木賊を刈り込んだ後に出来る切り株を加える。この切り株は陰陽二株を用いるものとする。ひとつは体と用の間に挿けて、先を斜めに刈り込む。そして、もうひとつは留のところに使って、先は平たく刈り込む。切り株を一つ使うときは留に、また三つ使うときは体用留それぞれに用いることもある。木賊の若芽があるときには、株を分けて若芽を使い木賊の出生を現すこともある。
また、花器は水盤・広口などの据物を用いて、木賊の主株は広口の定法のところ、すなわち天石に配するところに挿ける。木賊の応合いに使う花としては、四季それぞれに麗しい時節の草花を添えて使う。水陸分けにして杜若・河骨などを応合ったりと、応合いの草花を加えて数株に分けて挿けるものである。
19 伐竹に旬応合 挿け方
伐竹を二本使うときは、長い陽の竹には三節二枝を備えて、体と用の枝をとり、その先を大斜に伐る。また一方、短い陰の竹には二節一枝を備えて、留の枝をとり、その先を平に伐る。このとき、竹の大斜の切り口が、平の切り口と向き合うように調和して挿ける。これは注連の伝の竹の挿け方に準じるものである。
また伐竹を三本使うときは、長い竹に四節二枝を備えて、体の枝をとり、その先は大斜に伐る。次に、中の竹に三節二枝を備えて、用の枝をとり、その先は中斜に伐る。また、短い竹に二節一枝を備えて、留の枝をとり、その先は平に伐る。この長中短の三本の竹を姿よく調和して挿け、これに旬の花を二本応合って挿ける。
竹の葉には、「魚尾」「金魚尾」「飛雁」の三通りのものがある。体にはこの三通りの葉が平均して付き、用には金魚尾の葉が多く、そして留には魚尾の葉を多く備える。このようにして、陽気の移り変わりを示すのである。
花器は広口などの据物に三才の石を飾り、竹は天石に挿け、また人石・地石には旬の花を応合って挿ける。竹の種類は何でもよく、旬の応合いの花としては四季それぞれ趣きのあるものを挿ける。ただ応合いに挿ける木物も草物も、花車つまり華奢なものを選んで使うものとする。また花車な旬の花を揉める時は特に注意して、徐々になめらかに曲げて揉めていくことが大切である。この旬の花が細くて非常に長いものであれば、竹よりも高く使うこともある。
20 芒三種 挿け方
芒に三種の挿け方の伝がある。花が白色で、穂の丈が一尺位と長く成長し、花の開いたシロススキを真麻穂(ますほ)の芒という。そして花が赤色で、穂の丈が一尺位のムラサキススキを真蘇穂(まそほ)という。また花が白色で穂の丈が五寸くらいの、未成長で花の開かない頃のシロススキを政穂(まさほ)という。この真麻穂・真蘇穂・政穂の三種の芒を使う挿け方である。
体に真麻穂(ますほ)、用に真蘇穂(まそほ)、そして留に政穂(まさほ)の芒を挿け、体の後添の位置にシロススキを円状に曲げて真麻穂と政穂で「月の座」をとる。この月の座とは月の形を表現するものではなく、そこに月を迎える場所を設けるものである。よって、月見の花として月を迎える心持ちでもって、この月の座をとるのである。
この芒三種は清く澄みわたった明月の時に挿ける花である。特に秋の季節、旧暦七・八・九月の中間にあたる八月の満月は、仲秋の名月として月見の好時節である。またこの月の座は月のない夜にはつけてはならない。
挿け方として、体に三本・用に二本・留に二本・月の座に二本と、合計九本程度使って挿ける。また穂についた生来の葉は大きすぎて風情がないので、穂のある茎を葉のある茎から切り離して適宜に組み合わせて使う。長すぎる穂は穂先をつまんで先を指で引きちぎると穂が短くなり自然にみえて、垂れ下がった穂も立ち上がる。葉は葉先のたれ下がったものは、その葉先を斜に鋏でそぎ上げる。芒の葉は二方向に出るので、方向が悪い時には、葉のさやの部分を指先で回して、葉先を思う方向に回すことができる。これを回し葉という。
月の座は葉でとる方法と、また穂でとる方法とがある。葉は自然に変曲して月の姿になっており簡単に月の座をとることが出来るが、いっぽう穂は曲げようと思ってもなかなか思うようにはいかない。先ず葉でとる方法として、体の後添あたりに軸付の葉があればよいが、なければ他の軸付の葉をひとつ体の後に添え、大きくひらりと後に下げて使う。次に、体の後の控えの位置に、真麻穂・政穂を大小各一本づつを添えて、この穂と上の葉とでもって月の座をこしらえる。
穂でとる方法としては、体の後添あたりに真麻穂を挿け、その長い穂をひらりと後に下げる。そして次に控の位置に短い穂である政穂を挿け、これを上に立ち上げて使う。穂を自由に曲げるために前日より、のりなどで穂をかためておくと曲をうまく作ることができる。
花の水揚げとしては、酢につけた後に火で焼く、また酢につけた後に深水に入れるなどの方法がある。この芒三種を挿ける時には、寸渡や薄端などの置物を見合わせて用い、必ず花台に載せて挿けるものである。
21 萩 猪の座 挿け方
「牡丹に唐獅子」「竹に虎」と同じく、「萩に臥猪」と調和するものの例えがある。臥猪(ふすい)とは猪が伏した姿をいうが、この猪が臥猪する床を「猪の座」といい、この臥猪の景色を萩に表現するものである。
枝先が垂れる出生をもつ萩は、掛籠や掛花器を用いて、横姿にして挿ける。「体・用に花あるを用い」と伝書に記されているように、体と用の格をしっかりと守って、自然の枝ぶりでもって姿を整える。
先ず、横姿に挿ける用の枝は、下方に大きく垂らして挿ける。また留には花を使うことなく、葉を小さく切って切葉にして茂らせて使う。この切葉を使った留に、猪が臥猪する「猪の座」をとるのである。猪の臥す床となったところには萩の花は散りこぼれ、葉だけが茂った状態となっているものである。よって猪の座とする留には、切葉のみを挿けるのである。
また、萩に関係するものとして挙げるが、歌枕としてよく詠まれる玉川には六つあり、六玉川とされている。三島の玉川・井出の玉川・野田の玉川・野路の玉川・調布の玉川・高野の玉川の六つで、それぞれの玉川の特徴を現した和歌や浮世絵がある。その中のひとつ野路の玉川は、近江国の玉川(現在の滋賀県草津市野路にある琵琶湖にそそぐ小川)で、別名「萩の玉川」と呼ばれ、旅人たちの憩いの場だったと言われている。そして萩の花の咲く川に、月を投影した様子などが浮世絵に描かれたりもした。「明日も来む 野路の玉川 萩こえて 色なる波に 月宿りけり」(千載集・藤原俊成)など萩の花を詠んだ歌が多く伝わっている。この野路の玉川を移しとる景色挿けも、萩を挿ける風情のあるものとして伝書に記されている。
22 牡丹 挿け方
中国では百花王として、牡丹に勝る花はないとされている。また、菊・芍薬と共に三佳品のひとつにも数えられている。
この牡丹の挿け方であるが、「獅子隠れ」「花隠し」「爪隠し」の役葉を使う。「梅に鶯」「竹に虎」「牡丹に唐獅子」などと調和する様がいくつも例えられているが、葉が密生する牡丹の陰には、獅子が潜んでいることを想わせるように、「獅子隠れ」「花隠し」「爪隠し」の葉を使うのである。
先ず、用に勢いのある葉を「獅子隠れ」として数多く使って挿ける。この密生する葉の陰に、獅子が隠れているかのような様をもってして挿けるのである。そして用には、満開の花を、葉に載るようにして挿ける。
次に南天の木など、黒ずんだ幹をもつ黒木を長短に二本使って、その黒木に添わして半開の花を体に使って挿ける。この花についた葉を「花隠し」という。花隠しは獅子の象徴である鼻を隠すに掛けたものであり、この体の辺りに獅子の顔が見え隠れするような様を持たせるのである。
また留には蕾を挿けて、切葉をたくさん使う。この小さく切った切葉を「爪隠し」といい、獅子が爪をしのばせているような様を表現するのである。
用に満開、体に半開、そして留に莟を用いるのは、自然の陽の気が、用から体そして留の順に巡っていくという原理原則を現すものである。
この牡丹には、薄端、広口、また特に手附の大籠がよく合うとされている。また牡丹は、四・五月頃に咲く「春牡丹」が一般的だが、八月頃より咲く「冬牡丹」がある。これを別名で寒牡丹ともいい、花・葉ともに艶しく、花の軸が短いので扱いは難しい。この冬牡丹の挿け方も、春牡丹のそれと同様である。
23 紫陽花 挿け方
あじさいは、あづ(集まる)とさい(真藍)の意味をもって名付けられた花である。青白色から薄紅、濃紫、藍色と色とりどりの紫陽花は、花が密に集まって咲く。また花期は六月から七月である。
この大きな花をつける紫陽花は、牡丹を挿ける時と同様に、体・用の格先に大輪の花を使わない。花の付いていない幹や、次の年の春には再び花をつける枯木でもって体・用の格先をとる。
牡丹を挿ける時に、南天の木など黒ずんだ幹をもつ黒木を使い、それに添わして花を添えて使うが、この黒木扱いをしてもよい。また、大きい紫陽花の花は懐(体前添)に趣あるように使って挿けるものである。
紫陽花は花と同じく葉も大きいものであり、葉先を切って切葉にしたりと、うまく葉を除いて、透かし過ぎないように注意して心を込めて挿ける。大葉をそのまま使うときは、特に見せ方を工夫する必要がある。
紫陽花は、元々の花の色が紅色であっても、植え代えたりすると翌年には青色の花が咲いたりとする。これは土の性質によって紫陽花が変化するためである。酸性の土に育つ紫陽花は紅色に、またアルカリ性の土に育つものは青色になる。水揚げが悪い紫陽花は、切り口を少したたいて、みょうばんを擦り付けたり、また酒に浸す等するとよい。みょうばんはアルカリ性、また酒は酸性の性質をもち、陰陽どちらかの性質に傾けることで、水揚げの効果がでるものと考えることができる。
24 枇杷 挿け方
枇杷の出生としては、先ず先に生じた大きい古葉が二枚向き合い、そして後から生じた小さい若葉が二枚向き合い、このように次々と大小の葉が二枚づつ陰陽と向かい合って生じていくものである。よって枇杷を挿ける時は、この出生を重んじて、大小・陰陽の調和を崩さないように葉を透かして挿けることが大切である。万物すべて陰陽が備わってこそ活物であるといわれるように、大小・陰陽と備える枇杷の出生をうまく捉えて挿けるものである。
また、このように葉が規則正しく整列する出生をもつ枇杷には、一枚だけ変化の葉を使うこととされている。これを「横一文字の葉」といい、実の姿に虚を加えた「虚実の一葉」であるといえる。枇杷の出生に応じて陰陽の葉を正しく調和させて挿けたとき、全体の葉の総数が偶数である陰数となる。よって、全体の葉を奇数である陽数となるようにするため、一枚だけ葉をつけ加えるのである。この「横一文字の葉」としては、一枚の大きい老齢の葉である古葉を選んで、体の後に水平に使う。このように、実の姿としての枇杷の葉に、虚の葉として「横一文字の葉」を一枚加えることで、挿けあがった全体の姿の中に虚実の働きをみてとるのである。
25 杜若四季咲き 挿け方
杜若はアヤメ科に属し、その挿け方として、花は葉よりも低く扱い、葉は葉先のかぎが向き合うように組んで挿ける。また、この杜若はそのときの時候の景色を捉えて挿けるものである。以下に、四季に応じて挿ける四季咲き挿け方について述べるものとする。
春の杜若は、昨冬に出遅れたものが、春の暖さを感じとって咲き出たものである。よって春の杜若は虚実に挿ける。この挿け方として、広口の向こうの定方のところに、体用という性情の両気をもって、出生のままに葉を組む。このときの葉は柔らかいために組み直すことが困難であるので、出生のまま実をもってして挿けるのである。花は葉より大いに低くして半開に挿ける。この半開にするところは、すなわち陰陽和合である。また魚道を分けて規矩を守り、また水切りの葉を適宜使って挿けていく。このように実に従い、また一方で挿け花として虚を加えていく。すなわちこれをもって虚実の挿け方とする。
夏の杜若は、葉がしっかりしているので、規矩をしっかりと守って葉組みをする。挿け方は、葉で三才の格をとり、花は開花・蕾と陰陽に用いて使う。花で三才の格を取るときは、大株を実として自然のままに挿け、虚として小株で葉を組み、これに花を応合って挿ける。また、水切葉も適宜使って挿けていくものである。
秋の杜若は、組み葉の中に黄葉を加え、また花は葉より高く挿ける。魚道を分けて、秋の閑静の面持ちで挿ける。さらに実を使って挿けたりとする。
冬の杜若は、枯葉・虫食いの葉を多く使い、葉組することなく出生のままに挿ける。花は、低い葉よりも更に低く、すくんだ状態のすくみ花を使う。また実を使って挿け、さらに枯れ葉・垂れ葉・折れ葉を用いて、霜枯れたる景色を移しとるものである。
26 椿四季咲き 挿け方
椿は、花がぽとりと落ちるので戦場の花としては挿けることを禁じられてきたが、白玉椿は「八千代椿」とも呼ばれ、その生命の長さや清浄感を賞して、芽出度い花として挿けられるものである。
四季咲きの椿を春に挿けるときには、用には半開の花を、そして体には満開の花を挿ける。また留には莟を、体に准じた花数にして挿ける。この春の椿は、冬を越すために花を守ってきた葉が花の上に付いているものである。この葉を「霜囲いの葉」といい、この葉を花の上にかざして使って挿ける。また、この「霜囲いの葉」と同様に、椿の花を守ってきた葉で、花の両端を二枚の葉が挟んでいる姿をもつものを「挟葉」という。この「挟葉」も同じように扱って挿けるものである。
そして夏の椿は、用には満開の花を、体には半開の花を、また留には莟を挿ける。夏の椿を挿けるときは、冬を越すために花を守ってきた葉である「霜囲いの葉」「挟葉」を使うことはない。
また秋の椿は、春のときと同じようにして挿けるものである。
最後に冬の椿は、開花の花を用いることなく、莟を多くして半開を少し混ぜ合わせて挿ける。またこの冬の椿を挿けるときは、「霜囲いの葉」「挟葉」を使って挿けるものである。この「霜囲いの葉」と「挟葉」は、これから続いていく冬の寒さに堪えるため、椿の花を守る葉と捉えることができる。
27 軸付葉物 挿け方 十二ヶ条
軸付き葉物とは、左右に葉が数枚生じた後に、その中より花軸が出て花が咲くものをいう。この軸付き葉物を挿けるときには、先ず花軸に付いた付き葉をいったん外して葉組みする。そして花軸の根元のところを囲むようにして使って挿けるのである。
この軸付き葉物として、伝書では十二種挙げられている。萩・芒・檜扇・紫蘭・厳蘭・金鶏蘭・熊竹蘭・檀特草・縮砂・欝金蕉・美人蕉・芭蕉である。以下に詳しく述べるものとする。また、軸付葉物として、現在よく挿ける花材としては、グラジオラス・フリージャ・チューリップ・ストレリチアなどがある。何れにしてもこれら軸付葉物は、葉と花軸をそれぞれ分けて扱う考えでもって挿けるものである。
● 萩(おぎ)
荻は、五・六月頃に黄褐色の蘇枋色の麗しい穂が生じる。また四季通じて若葉を生じる常盤草で、寒中でも葉が枯れないために、寒芒の別名をもち、冬にも挿けられるものである。
この荻の挿け方としては、葉でもって形を整えていく。先ず穂を取って葉ばかりにしたものを使って姿を整えて、用として挿ける。次に、葉を全て取り除いた二・三本の穂を、先に挿けた用の葉に添わして挿ける。また体には、直ぐなる立ち上がる葉を先に挿け、これに二・三本の穂を体の葉に添わせて挿ける。この穂も用と同じように葉を残らず取り除いておく。また体の前添として立ちたる葉を使い、穂を体添より留の方に挿け、最後に留の葉と穂をそれぞれ挿ける。
つまり荻は、穂のない葉ばかりにした軸と、葉を取り除いて花の穂ばかりにした軸とを組み合わせて挿けあげていくのである。
全体の姿として、穂の数は五本から十七本まで使って挿ける。花の穂がない季節に挿ける時には、水仙・寒菊などを応合って挿ける。また穂のあるときは、応合いの草花を使っても使わなくともよい。なお花器は、その時々に応じて見合わせて用いるものである。
● 芒
秋に花を咲かす芒であるが、芒には三種類のものがある。花が白色で、穂の丈が一尺位と長く成長し、花の開いたシロススキを真麻穂(ますほ)の芒という。そして花が赤色で、穂の丈が一尺位のムラサキススキを真蘇穂(まそほ)、また花が白色で穂の丈が五寸くらいの、未成長で花の開かない頃のシロススキを政穂(まさほ)という。
芒の穂出しのときの挿け方としては、荻のときのそれと同様である。葉でもって全体の形を整えていき、これに葉を取り除いた穂を添えて挿けていく。つまり、穂のない葉ばかりにした軸と、そして葉を取り除いて花の穂ばかりにした軸とを、組み合わせて挿けあげていくのである。
長すぎる穂は、その穂先をつまんで先を指で引きちぎると穂が短くなり、自然にみえて垂れ下がった穂も立ち上がるようになる。葉は葉先のたれ下がったものは、その葉先を斜めに鋏でそぎ上げる。芒の葉は二方向に出るので方向が悪い時には、葉のさやの部分を指先で回して、葉先を思う方向に回すことができる。これを「回し葉」という。また穂の出ていないときに芒を挿けるときは、これに美なる時候の花を応合って挿けるものである。この応合いの花としては、麗しくきゃしゃなものを用いる。花器は置花器や据物を使うものとする。
また縦縞の芒、横縞の芒、斜縞のやはず芒を、穂のない葉ばかりのものを使って、数多く三百本と用いて段取り挿けにしたりとすることもある。
● 檜扇
軸付き葉物である檜扇の挿け方としては、檜扇を三本から九本まで用いて挿ける「平組」と、そして十一本以上の檜扇を用いて挿ける「角組」の二通りのものがある。
先ず「平組」の挿け方として、はじめに中葉を長くして葉を三枚組んで挿ける。この三枚組んで挿ける葉は、全体の姿として挿けあがった用の前にくるもので、花姿の足下を包むものである。そしてそれより檜扇の花を、体用留と三本使って挿けていき、最後にまた二葉を加える。この二枚組んで挿ける葉は、花姿の留の前に挿け、さきほどの三枚の組葉と同様に花姿の足下を包むものである、これでもって、三花五葉の「平組」とする。また花を七本・九本と多く使うときは、花姿の用の前にくる前葉として五枚組んで挿け、そして留の前に葉を二枚組んで、以上で七葉の「平組」とする。檜扇を五本使って挿けるときの組葉としては、五葉の「平組」、また七葉の「平組」どちらにしても構わない。
次に「角組」の挿け方について述べる。檜扇の花は十一本以上使って挿け、花姿の用の前にくる前葉として葉を五枚組み、そして留の前に葉を二枚組み、足下の前方を包む葉として、合わせて七葉を用いて挿ける。そして更に、用の向こう相生のほうに葉を二枚、また留の向こう控のほうに葉を二枚組んで、足下の後方を包む葉として、合わせて四葉を用いて挿ける。角軸があり角々から四方に葉が出る出生をもつ檜扇を、このように足下の四方を葉で包んで挿ける挿け方を「角組」という。
軸付き葉物である檜扇であるが、地上にようやく生じたときには未だ軸は見えるものではない、よって軸を見せて挿けることは出生に背くものと考えることができ、葉でもって軸を包み隠して扱うのである。
●紫蘭(しらん)
紫蘭は蘭科に属する多年草で、花茎の上部に紅紫色や白色の可憐な花をつける。この紫蘭の出生は、葉が先ず向かい合って二方へと出て、その中より花茎が伸びていき花が生じる。よって花瓶に移しとって挿けるときも、この紫蘭の出生に従って挿けるものである。つまり、向かい合った葉でもって形を整え、その中に花が位置するように挿けていく。「実」として紫蘭の出生に准じて挿け、また挿け花つまり「虚」として移しとる。これをもって虚実の扱いとする。
この紫蘭は三本より九本まで使って挿ける。大きいものは三尺あまりにまで伸びるものがあり、軸も太く幅も広いが、このような大きなものは数を増やして挿けるものとする。
●巌蘭(がんらん)
常磐草である巌蘭の出生も紫蘭と同じく、葉が先ず向かい合って二方へと出て、その中より花茎が伸びていき花が生じる。よってこれを挿けるときは、この巌蘭の出生に従い、向かい合った葉で形を整え、そして別の花茎でもって花が中心に位置するようにと挿けていく。花は二本か三本と少なめに使って、これを葉に添わせて使って挿けるものである。
●金鶏蘭(きんけいらん)
金鶏蘭は蘭科に属する多年草で、花は葉が出たその脇から生じていく。この出生は巌蘭と同じで、その挿け方や扱いも巌蘭に准じるものとする。つまり、葉で形を整え、そして別の花茎でもって花が中心に位置するようにと挿けていくものである。
●熊竹蘭(くまたけらん)
熊竹蘭はショウガ科に属する多年草で、葉の真ん中より花茎が生じて、その先端に紅色の斑点をつけた白い花が咲く。この熊竹蘭の葉は大きいため、挿けるときには、葉を適当な長さに切って切葉とし、葉でもって全体の姿を整えていく。また花は、花茎が葉の中心より出て咲く出生に准じて、葉の中心に位置するように挿けるものである。いっぽう、花が咲いていないときに挿けるときは、時候の草花をこれに添えて挿けたりとする。
●檀特草(だんとくそう)
檀特草は檀特科に属する多年草で、花の丈が長く伸び、夏から秋にかけて赤色の美しい花が総状にして開く。この出生も花茎が葉の中心より出て咲くものであり、挿け方としても、花に付いた葉を用いて挿けるのではなく、別の葉でもって葉を適当な長さに切って切葉とし形を整えていく。そして別の花茎でもって、花が中心に位置するようにと挿けていくものである。
●縮砂(しゅくしゃ)
縮砂はショウガ科に属する多年草で、四五月頃に朱色の花が開き、十月に赤い実をつける。この縮砂は、花の頃も、また実の頃にも愛でて挿ける。この縮砂を挿けるときも、花の軸についた葉を用いることなく、花の付いていない葉でもって花の姿を整えていく。そしてこの中より、花が咲いたものを用いて挿けるものである。
●欝金蕉(うこんしょう)
欝金蕉はショウガ科に属する多年草で、その花は葉が四方に出た中より生じる。よって花の軸についた葉を用いることなく、花の付いていない葉でもって花の姿を整えていく。そしてこの中より、花が咲いたものを用いて挿ける。二本を寄せて使い、これを一本のこころでもって挿けていくものである。また、丈が長く伸びない欝金蕉は、三本位にして数を少なく挿けたほうが美しい。
●美人蕉(びじんしょう)
美人蕉はバショウ科に属する多年草で、その花は葉の中心より鮮紅色に生じる。この挿け方も、花の軸についた葉を用いることなく、花の付いていない葉でもって花の姿を整えていく。そしてこの中より、花が咲いたものを用いて挿ける。
●芭蕉(ばしょう)
芭蕉はバショウ科に属する多年草で、その丈は非常に長く伸び上がっていき、また葉も非常に大きいものである。よって、この芭蕉を挿けるときは、できるだけ小さなものを選んで用いる。この応合いの花としては、大菊をはじめとして存在感のあるものを用いて挿ける。
また「花の王」と呼ばれる牡丹に対して、この芭蕉はその雄大な姿から「草の王」とも呼ばれている。
28 葉物 組み方 九ヶ条
葉物組み方の事として、唐おおばこ・岩蕗・宝子・擬宝珠・水芭蕉・紫苑・芭蘭・万年青・浜万年青の九種のものが伝わっている。以下にその組み方として詳しく述べるものとする。また、葉物の組み方として現在よく挿ける花材としては、カラー・アンスリュームなどを挙げることができる。
●唐おおばこ
唐おおばこはオオバコ科に属する多年草で、一般的なおおばこに比して葉が大きく、その丈も長く伸びるものである。その出生として、この葉は十方へと開き出て、そして夏から秋にかけて四方に生じた葉の間より穂状に花が咲く。
「実の出る処は真中にあらず。」と伝書にあるように、真ん中より出ることのない花の穂を「実」として扱い、この花の穂でもって三才の格をとり、そしてまた葉でもって姿を整えていくものである。添うて添わずの葉、また境葉を挿けて、丈に準じて五葉から九葉まで組んで挿けていく。「実」として花の穂を使う箇所としては、体の葉の後ろより一本挿けたりと、とにかく組葉の外に用いて、葉よりも高くして挿けるものである。
●岩蕗(つわぶき)
岩蕗はキク科に属する多年草で、黄色の花が群生して咲く。
この岩蕗の挿け方として、先ず用に大葉を挿け、そして体に少し小さい葉を用い、また体と用の間に添えとして小葉を使って挿ける。大葉と大葉の間に小葉を用いることがなければ変化もなく、また風雅な姿をそこに求めることはできない。よって小葉を用いるわけだが、この小葉のことを「力葉」という。
花は組葉の中に葉よりも高くして用い、五葉一花、五葉二花、七葉二花、七葉三花、九葉三花と挿けるものである。数多く用いるときは、界葉を用いて株を分ける。また、この岩蕗は多年草であるので、花のないときには、麗しき草花を応合って挿ける。
●宝子(たからこ)
宝子はキク科に属する多年草で、尖った葉先と葉牙をもち、また黄色い花を咲かせる。異名として、般若草ともいう。この出生は岩蕗と同じで、また挿け方も岩蕗に準じるものとする。
●擬宝珠(ぎぼし)
擬宝珠は百合科に属する多年草で、葉は卵形のもので十方に広がり、また紫色の花を真ん中より咲かせる。擬宝珠の葉は花に比べて大きく、その挿け方として、先ず用に大葉を使って挿け、次に体に中葉を挿ける、そして留に小葉を使って挿け、このように葉でもって形を整えていく。また体に大葉を用いて、用に中葉を用いても調和をとることができる。何れにしても、葉の大中小をうまく取り合わせてバランスよく挿けることが大切である。
また数多く挿けるときは、添うて添わずの葉、そして界葉を挿けて株を分け、三花九葉まで挿けるものである。
●水芭蕉
水芭蕉はサトイモ科に属する多年草で、細長い葉をもち、そして花は春に緑白色のの仏えん花をつける。
この挿け方としては、全体的に小さなものであるので、七葉二花までにして挿けるものである。また擬宝珠と同じ扱いとし、葉でもって形を整えていくものである。
●紫苑
紫苑はキク科に属する多年草で、葉は向かい合って生じ、薄紫色の花を咲かせる。この出生として、葉が向き合って生じるので、この葉のことを「拝葉」という。
挿け方としては、先ず用に大葉を挿け、この葉に向き合うようにして「拝葉」を挿ける。このとき、大葉と拝葉の二枚の葉が同性のものとならないように、一枚は直ぐな葉を選んで使い、もう一枚は曲のある葉を選んで使って挿けることが肝要である。ここにも陰陽和合の理が埋め込まれているといえる。そして、この二枚の葉の間に、用の花として葉よりも高くして花を挿ける。
次に、体は中葉でもって「拝葉」を使い、これも用と同じ扱いでもって挿ける。また、小葉を使って挿ける留も、用と体と同様に扱って挿けるものである。
未生の理では、七つ目に生じる変化に対して、四つ目にしてようやく物事が確かなものとして定まるものとし、元来は花一本に対して葉を三枚使うのが「三葉一花」としての定方である。よって、五葉にしても花は一本使い、そして七葉にしてようやく花を二本使い、また九葉にして花を三本使うのである。しかし、力強く大きい葉をもつ紫苑のような類いのものは、界葉を使いながら株を分けて、五葉二花、また七葉三花と挿け、「三葉一花」の定法によらずに葉を組んで使っても構わない。これは、いわゆる虚実の扱いであるといえる。
以下に、「三葉一花」の考えを述べるので参考としたい。一という太極から二という両儀に、そして万物を構成する天・地・人という三才が定まっても、人が声を発することがなければ、天地という概念も生じることはない。この人の声は認識するということであり、これは四つ目のものと捉えることができる。一が生じて二となり、そして三に通じ、また一に戻る。一日も夜の子の刻(十二時)に一陽が生じ、そして丑の刻(二時)には陽が漸長し、また寅の刻(四時)に陽が確かなものとして定まる。しかし、未だ明るくはない。明るくなるのは、四つ目の卯の刻(六時)である。このように天地自然は三が定まらなければ、次の展開の花を生じことはないのである。よって、一花三葉の割合よりも葉の数が多いのは構わないが、少ないのはよくないとされている。
●芭蘭
芭蘭は、百合科に属する多年草で、三月より四月まで春に花を咲かせる。この芭蘭は三葉五葉七葉九葉と、葉の丈に応じて、多くは五十枚と挿けることがある。
先ず七葉の組み方として、裏葉である界葉を用いて四枚の一株と三枚の一株とし、あわせて二株に分けて挿ける。万物は七つ目に変化するものといわれているが、この陰と陽の境を成す七つ目の葉を界葉として日裏を用い、そしてこの界葉によって株を分けて「二季の通い」を備えて挿けるのである。また九葉、十一葉と挿けるときは、界葉を二枚用いて、三株に分けて挿ける。さらに、これよりも多く挿けるときも、界葉を多く使って株を分けて挿けていくものである。また相生のような添うて添わずの葉も数を限らず程よく使って挿けていく。
この芭蘭は常磐草であるので、時候の草花をこれに応合って挿けても構わない。この応合いの方法として、先ず芭蘭を十三葉、十五葉と常のごとく挿ける。そして体と用の間、また体添の間、そして留の間、さらに用と用添の間に、ナデシコや仙翁などのきゃしゃな花をちらちらと見せて麗しく使って挿ける。また芭蘭は三月より四月まで春に花を咲かせるもので、この花は非常に小さいものである。よって春に芭蘭を挿けるときは、応合いの花を添えることは控える。
広口などに挿けるときは、三才の石飾りをして砂利留めとし、大株を二株、三株と挿ける。またその間に、「尖葉」に花を添えたものを応合って挿ける。この「尖葉」とは、葉の先が巻いた状態にある新葉のことである。またこの「尖葉」には左旋と右旋の別があり、陰陽和合のこころでもって扱うものとする。大広口であれば、天一地六の割合で小石を配し、飛び石の景色を移しとる。
また二間、三間と座敷が続くときには、次の間には成長の芭蘭を挿け、さらに奥の床には薄広口に石飾りをして、「尖葉」に花を添えたものを応合って二株、三株と挿けて、芭蘭の出生を想わせる。茶席の床にも、このように「尖葉」に花を添えたものを応合って、陰陽和合という未生の姿を挿けて構わない。
●万年青
万年青は、百合科に属する多年草である。この万年青の出生は、始めに向かい合って二枚の葉が出て、その中より又二枚向かい合って出る。このため自ずと中から生じる葉が新しい出生葉となる。この四葉は東西南北の四方を指して開いていく四方葉である。またこれより三葉が生じ、七葉になると花が生じるのである。花は五月頃に咲き、十二月頃には青い実が赤く色づく。七枚で始めて花を開き、実を生ずる出生から、実は七枚以上の場合においてのみ使う。ただし、万年青七五三のときの五枚葉は、成長途上ではなく、成長後の隠居した親株の意味をもつ五枚葉と捉えることができるので、万年青七五三を挿ける時には、五枚葉にも実を使って挿けて構わないとされている。
先ず、七葉一実の挿け方として、先端が丸みを帯びた二年目の葉を体と用に使って挿け、特に広く丸みを帯びた三年目の葉は実囲いの葉として留に用いて挿ける。また、体と用の間に先端が尖った一年目の葉を体添・用添として出生葉を二葉使う。そして、用添に風囲いの葉を、また体添に霜囲いの葉を使って挿けるものである。
実を守る葉としては以下のものがある。先ず、実の上にあって霜から実を守る霜囲いの葉(体後添の葉)、次に実を風から防ぐ風囲いの葉(用添の葉)、そして実を抱えて実を守る実囲いの葉(留の葉)、また砂・泥から実を防ぐ砂囲いの葉(控の位置)泥囲いの葉(留後添の葉)とあり、それぞれに実を守る役目を成している。特に霜囲いの葉と風囲いの葉と実囲いの葉の三枚は、実を守る三役と呼ばれている。
九葉、十一葉、十三葉までは、この実を守る三役を使いながら一株に挿けるものである。またこのとき、実囲いの葉は、枯れ葉を混ぜて二葉、三葉と用いてもよいとされている。すなわちこの三葉は、実囲いの葉(留の葉)、砂・泥から実を防ぐ砂囲いの葉(控の位置)泥囲いの葉(留後添の葉)のことである。また万年青は、十三葉までは実を一つだけ使って挿けるものとする。これは、先程も述べたように、七枚で始めて花を開き実を生ずるという、万年青の出生に准じたものである。
十五葉の組み方としては、七葉・五葉・三葉の三株をひとつに寄せて、実は二本使って挿ける。先ず、盛んな子株を現す七葉一実(立姿)の株として、先端が丸みを帯びた二年目の葉を、体(時代を担う堂々たる子株の葉)と用に使い、特に広く丸みを帯びた三年目の葉を留に用いて挿ける。そして、体と用の間に先端が尖った一年目の葉を、体添・用添として出生葉を二葉使って挿ける。出生葉は葉の見えない下部分を大きくそぎ取って使うものとする。さらに、用前添(留が転じたもの)に風囲いの葉、そして体後添に霜囲いの葉、また控の位置に砂囲いの葉を使う。この七枚葉の体・用は、「万年青七五三の一株扱い」全体の体・用の扱いとなる。次に隠居した親株を現す五葉一実(横姿)の株として、先端が丸みを帯びた二年目の葉を体と用に挿け、特に広く丸みを帯びた三年目の葉は留に使って挿ける。そして体と用の間に先端が尖った一年目の葉を、体添・用添として出生葉を二葉使う。この横姿の五枚葉における用は、「万年青七五三の一株扱い」全体の留の扱いとなる。最後に、将来の発展を期する孫株を現す、三葉(立姿)の株として、体・用・留と若い一年葉を使って挿ける。伝書に実囲い三葉にて根元を包むとされているのがこれである。以上でもって七五三の伝とする。
また広口などに挿けるときは、華奢な時候の草花を応合って挿けたりとする。大広口に挿けるときは、さらに種々の万年青を取り混ぜて五株、七株と挿け、また応合いの草花をこれに添えて挿けても構わない。
●浜万年青
浜万年青は、「はまゆう」という名でよく知られるヒガンバナ科に属する多年草である。その出生は万年青と同じであり、その挿け方も万年青のそれに准じるものとする。相違点としては、水仙の袴のような外皮である、葉の鞘を足下につけて姿よく挿けたりすることがある。また花は、開花に至って葉よりも高くなることより、花を使って挿けるときは、葉よりも少し高くして挿けるものである。
29 長葉物 挿け方 九ヶ条
長葉物挿け方の事として、伝書では九種の花材が挙げられている。しゃが・いちはつ・おきなぐさ・かんぞう・正宗菖蒲・縞蒲・花菖蒲・水仙・蘭の九種類であり、以下に詳しく述べるものとする。長葉物である杜若は、「杜若四季咲き挿け方心得の事」を参照いただきたい。また長葉物として、現在よく挿ける花材としては、アママリス・アガパンサスなどがある。
●しゃが
しゃがはアヤメ科に属する多年草である。しゃがは、葉が柔らかいために外して葉組することができない。よって葉を組み直すことなく、葉をそのままに使って挿ける。
先ず四・五枚の行儀よく組んだ葉、つまり自然のままの葉で姿良く葉組された様をもつ葉で、四・五枚のものを使って花姿の用として挿ける。そして用の花と体の花を挿けて、体の葉として自然のままの葉で三・四枚ついたものを挿ける。最後に、留の花を挿けて、小さい葉で姿のよいものを留の葉として挿ける。このとき、小さい葉がなければ、留の葉は組み直して、葉組して挿けても構わない。
花数を多く使って挿けるときは、界葉を使って株を分けて挿ける。また、咲き始めの頃の短い花を挿けるときは、しゃがの花を葉よりも低く用いて挿け、また旬の開花のころ高い花を挿けるときは、しゃがの花を葉よりも高く使って挿けるものである。いずれにしても、挿けるときのしゃがの姿とその時候を見極めて挿けることが肝要である。
●いちはつ
いちはつは、アヤメ科に属する多年草である。挿け方・花葉の使い方ともに、しゃがの時と同様であると伝書には記されている。しかし、葉が柔らかい「しゃが」に対して、「いちはつ」は葉がしっかりしているので、葉を組み直して挿けて構わない。とにかく、姿良く葉を使うことが肝要である。花は二本三本五本まで使って挿けるものとする。
花を三本使う挿け方として、先ず用に三枚葉を中低にして組み、用の花を葉よりも高くして挿ける。次に体と用の間に界葉として二枚組んで挿け、そして体の花と体の葉を三枚使って中低にして挿ける。最後に留の葉を中低に三枚組み、留の花を挿けるものである。
「しゃが」「いちはつ」ともに掛花器を使って挿けたり、また他の花材の応合いの花として添わせて挿けたりとする。
●おきなぐさ
おきなぐさは、長葉物ではないが百合科に属する多年草のことと思われる。おきなぐさは、その出生が、古葉の中より若芽に花をもって生まれ出るものとされている。よって若芽のものを一株づつ使って、そのままにして「実」によって挿けていく。また、このとき古葉を添えて花の姿を整えていき、新葉と古葉をうまく調和させて、その出生を表現する。花は出生に応じて、組葉の外に添えて挿けるものである。
●かんぞう
かんぞうは別名で「わすれ草」ともいい、百合科に属する多年草である。かんぞうの花茎は、古葉と新葉の間より、葉の外より添って生じるものである。これは万年青の実が生じるところのものと同様である。よって、かんぞうを挿けるときには、葉でもって全体の姿を整え、そして花は葉の外に添わせて使うものである。
株分けにして一株に花を一本使い、二株三株と挿けていく。三株挿けるときは、花姿の体用留に一株づつ挿けて、花を三本使い、そして古葉でもって花の足下を包んで挿ける。この花の足下を包む古葉のことを「花囲いの葉」といい、古葉と新葉より生じる出生を現したものである。
●正宗菖蒲
正宗菖蒲は、サトイモ科に属する多年草である。ちなみに花菖蒲・杜若・いちはつはアヤメ科である。
この挿け方としては、自然のままの葉で姿良く葉組された様をもつ葉は、そのまま使って挿ける。しかし、そのような葉がないときは、葉を中低に組んで葉組みして挿ける。また「花の咲かざるものなれども美しき葉故用う」と伝書にあるように、正宗菖蒲は杜若のような美しい花を開くものではなく、一見したところ実と見間違うような花であるが、その葉のもつ美なるをもってして挿けるものである。
花器は据物を使い、二株三株と挿け、また縞の葉の杜若・水葵・オモダカなどの水草を応合って挿けたりとする。さらに、花車な麗しい陸物の草花を応合って、水陸分けにして挿けたりともする。
●縞蒲
縞蒲は、縞のある蒲で、ガマ科に属する多年草である。縞蒲の穂が出るような頃になると、葉が十分に伸びすぎて格好のいいものではない。よって、穂が出る前の、若い葉のあまり伸びてないものを使って挿けるものである。また葉はねじれがあるので、これを風情よく直して挿ける。
花器は据物を使い、魚道を分けて水草を応合って挿ける。また水陸分けにして、縞蒲に陸草を応合って挿けたりとする。縞のない普通の蒲も挿けるが、葉でもって全体の花姿を整えて、そして穂は程よい長さとし、葉に添えて使って挿けるものである。
●花菖蒲
花菖蒲はアヤメ科の多年草である。
この挿け方として、七葉二花で挿けるときは、先ず花姿の用として三枚の葉を中低にして組む。そして、体の花に開いたものを使って、陽の花として挿け、また体の葉を二枚挿ける。このとき、花は葉よりも高くして使う。最後に、留の花として莟のものを使って、陰の花として挿け、留の葉を二枚組んで挿ける。開花の高い花を「陽」と、そして莟の低い花を「陰」と捉えて扱うものである。
また九葉三花の挿け方として、先ず花姿の用として五枚の葉を中低にして組み、用の花として満開のもの、体の花として半開のものを用いて挿ける。次に、体の葉を二枚組んで挿ける。そして最後に、留の花として、莟のものを用いて挿けて、留の葉を二枚組んで挿けるものである。
十五葉五花の挿け方としては、先ず花姿の用として五枚の葉を中高にして組む。真ん中の葉を中高にして挿けるのは、十一葉・一五葉と数多く挿けるときである。真ん中の葉は成長の度合いによって中低となったり、また中高となったりとするのが出生である。全体の株で考えたときに、九葉までは未成長のものと捉えて中低とし、そして十一葉以上になると株として成長したものと捉えて中高とするのである。また女性的な杜若に対して、菖蒲は男性的なものであるので、中高として力強く挿けたほうが美しいとも言われている。
次に、用の花と用添の花を二本使って挿ける。そして、体の前に界葉として葉を三枚組んで挿け、体の花と体添の花を二本使って挿ける。また体の葉を長短に四枚使い、最も長い葉を後ろにして、その葉を折って「風折葉」として挿ける。菖蒲は杜若と違って、その出生が直立した葉であるために「冠葉」を使うことはない、風のために葉先が折れることが多い出生より、この「風折葉」を使って挿けるのである。そして最後に、莟のものを使って留の花を挿け、留葉三枚を組葉にして挿ける。
また、さらに一五葉以上に組んで、数多く挿けても構わない。
この項に、花かつみ・あやめ・馬藺草の挿け方として、この三種は細葉であるので、葉を組み直さずにそのままにして「実」の扱いとし、たくさん使った葉の中に花がちらちらと見えるように使って挿けるものと伝書に記されているので参考にしたい。
●水仙
水仙はヒガンバナ科に属し、早春に他の花にさきがけて花を咲かせる。出生として、水仙は左右にそれぞれ二枚の葉が向き合って生じ、その間より花茎が伸びていく。また、足下は袴と呼ばれる白い根に包まれている。その出生より、四枚の葉を一元として扱い、その中に花を一本使い、あわせて一花四葉と定めて一元とする。これは出生に添った「実」の扱いといえる。
この水仙の葉の扱いとして、指先で自由に揉めて形をとることができる。二元の挿け方として、先ず足下の袴のところを手で揉んで潰して外しておき、一元として葉を組む時に根元にこの袴をはかせる。このとき、袴の長いほうが、葉の長い方にくるように扱うものとする。
そして一花四葉でもって一元の株をつくり、これを「陽の株」とする。この「陽の株」は、片方の二葉でもって体の格をとり、そしてもう一方の二葉でもって用の格を備える。次に、同じく一花四葉でもって一元の株を作り、これを「陰の株」とする。この「陰の株」は、片方の二葉でもって体添とし、そしてもう一方の二葉でもって留の格を備える。このとき、体添となる二葉は一枚に見えるように重ねて使うものである。つまり、この陰の株を、陽数である三枚に見えるようにして「陰中陽」と捉え、「虚」の扱いとする。このように「陽の株」を「実」とし、そして「陰の株」を「虚」として、ここに虚実等分の働きを見てとるものである。
三元の挿け方としては、体用留それぞれを一元でもって姿を整える。また五元は、体に二元、そして用に二元、また留に一元として五元で挿けたり、体用留相生控それぞれに一元使って五行格として挿けたりする。そしてさらに、七元までに葉の丈に応じて、数多く挿けていくものである。
また広口を用いて株を増やして数多く挿けるときは、大株を出生のままに使って挿け、「実」の扱いとし、いっぽう小株は挿花の法に従って揉めて挿け、「虚」の扱いとしたりする。これは、すなわち体用の挿け方であるといえる。
●蘭
蘭は蘭科に属する多年草であり、唐より日本に渡ってきたものと伝書に記されている。
先ず五葉一花の挿け方として、花姿の用に皮骨肉を備えた趣のある曲がった葉を挿け、用の添として真直ぐな葉を挿ける。この二葉でもって、「象眼」を取るものである。「象眼」を取るとは、象の眼ように細く、切れの長い空間を、この「曲の葉」と「直の葉」でもって作り出すということである。
次に、体に勢い強い葉を挿け、そして体の添として後ろへひらりと返る葉を使い、最後に留として真直ぐな葉を挿ける。この体添の葉と留の葉でもって、「鳳眼」を取るものである。「鳳眼」を取るとは、最も貴き相であるとされる鳳凰の眼のような空間を、この「曲の葉」と「直の葉」でもって作り出すのである。古い観相術では目の形について、鳳眼を最高として以下、竜眼、牛眼、羊眼、蛇眼など、細かく分けて眼形を規定している。人間の資質を洞察する観相上で、最も重要なものは目とされている。
花は葉の手前より挿けて、体と用の葉の中に出して使う。花は組葉の外より生じるため、花の軸を隠してはならない。七葉二篠、九葉二篠、十一葉三篠に挿けるときは、花は三本使って挿けるものとする。花器としては、銅製のものや陶磁器がいいとされている。
30 蓮 河骨 杜若 芦 水葵 五種 挿け方
蓮、河骨、杜若、芦、水葵の五種の水草を取り合わせる挿け方である。この挿け方は大広口に五石の石飾りをして挿ける。天地人の三才の石に、「水おう石」という陰陽二石を加えて五石とする。「水おう石」の二石は、水草のみを挿ける時に使う石で、水嵩が低い時には目に見えるものであるが、水嵩が上がれば見えなくなるような石であり、水面ほどの高さのものを用いる。
先ず、天石の後ろに蓮を五葉二花、もしくは七葉三花と挿ける。このとき石が主位であれば主株の蓮の花は客位に、また石が客位であれば蓮の花は主位に挿けるものである。そしてまた、これに魚道を分けて大小の浮き葉を使う。
次に、人石の後ろには杜若を五葉一花の横姿にして挿け、また地石の後ろには河骨を三葉一花に挿ける。そして、陽の「水おう石」に芦を三本挿けて、いっぽう陰の「水おう石」には水葵もしくは花沢瀉を三葉一花で挿ける。この「水おう石」は、水嵩が低い時には目に見えるものであるが、水嵩が上がれば見えなくなるような石であるので、よって水面ほどの高さのものをそれぞれ「陰」「陽」にして大小と用いて使う。主株の蓮は大きい姿に挿け、ほかの花は小さい姿に挿けて、全体の姿が調和するように気をつけねばならない。
31 藤 河骨 杜若 三種 挿け方
山の渓谷や池の辺などに、風情よく花房を垂らして咲く陸物である藤の花に、杜若と河骨の水草を対照的に取り合わせた景色挿けである。花見といえば、今は桜見が恒常的なものとなっているが、古では桜に加えて、藤見も人々に好まれて行われていた。垂れ下がる藤の花影が、水面や地面に映る姿を愛でる趣向を影藤というが、この影藤の風情で、水辺に咲き誇る藤の花が水面に映る姿を愛で、そして又その水面に杜若・河骨などの水草が凛とした姿で咲く景色を広口に移しとるものである。
広口に黒白の砂利で水陸を分け、そして三才の石飾りをする。天石は陸を現す白砂のところへ据え、また人石と地石は水を現す黒砂のところへ据える。
先ず、天石の後ろには藤を挿ける。三才の石飾りを主位にしたときは、天石に挿ける藤の花は客位とする。枝が垂れ下がる出生をもつ藤であるが、花房が垂れ下がったものをあまり多く使い過ぎると詠めがよくない。よって、蔓などの風情がある枝や、また立ち上がった幹のものをうまく使いながら、莟と若葉などを取り合わせて挿ける。
そして、人石には杜若を七葉二花で横姿に挿ける。また、地石には河骨を開・半開・角葉を用いて、三葉一花や五葉一花で挿ける。「角葉」とは、角のように巻いた葉であり、「巻葉」ともいう。この河骨の花を用いる箇所は特に決まっていないが、葉よりは低くして、そして姿よく出生に応じて挿けるものである。また大広口であれば、杜若、河骨を株分けにして挿けたりしても構わない。
32 河骨 挿け方
河骨の出生として、河骨は始めに二枚の葉が向かいあって開き、そして新たに二枚の葉が向かい合って開いて四方に拡がる。そしてまたその中心から、追々と花葉が生じていくため、一株に何枚の葉と定まることはない。春の彼岸頃より秋の彼岸頃まで、次々と葉が生じて成長していくものである。
この河骨の挿け方としては、花器は広口を用いて、体と用と留に開葉を使い、体の添えとして半開の葉を、また留の後添えとして「角葉」を使って挿ける。この「角葉」とは角のように巻いた葉であり、「巻葉」ともいう。花を挿けるところは定まってはいないが、葉よりは低くして、姿よく出生に応じて挿けるものである。
また、葉が大きく存在感のある河骨を挿けるときは、五葉二花・七葉二花・九葉三葉と、花の本数を多めに使ってもよい。魚道を分けて立姿と横姿と二株を挿けたり、また花器の大きさに応じて五株・七株と挿けることもある。
この河骨には雨中の景色の挿け方がある。河骨雨中の景色として、先ず体と用の葉に開葉を使い、そして体の添えとして半開の葉を、また用の添えとして小さい開葉を水面より五分ほど上がったところに使って挿ける。この用の添えとして挿ける小さい開葉は、水面をたたく風情を現した葉であり、よって「水たたきの葉」という。また、花は体と用の間に一輪、そして体と留の間に一輪使う。留には「角葉」を大小と三枚使って挿ける。以上で七葉二花となるが、さらに三花九葉と枚数を増やして挿けても構わない。
次に魚道を分けて、小さい葉の開葉、半開、角葉を三葉使って、これに満開の花を一輪添えて水中に挿ける。また、曲のある角葉に莟を添えて水中に挿ける。以上で三株となるが、株を増やして五株にして挿けても構わない。水に浮かして使った葉は「陽中陰」、いっぽう沈んだ莟は「陰中陽」である。この浮き沈みのある花・葉を愛でて、雨中の景色とするものである。
33 実物 挿け方
天地の間にある森羅万象のものの姿に、陰陽が備わらないものはない。つまり形が生じれば、上下・左右・内外・表裏と相対したところが必ず備わるものである。しかし実物は、その姿が円にして陰陽が肉眼では分かりにくい。姿に陰陽の備わらないものは、その用を達することはない死物であると捉え、これを挿花に用いることはできない。よって万年青・南天・石榴などの実物を挿花として使うときは、必ずそこに陰陽を備えて挿けなければならない。
その昔、御書院の先に見事に咲いている南天があった。遠州公は、その麗しい実のある南天を挿花として挿けたいと常々思っていたが、陰陽の区別のないものを挿けるのをためらい、ただ眺めているだけであった。ところがある日、ひよどりが飛んできて南天の実をついばみ飛び去っていった。これを見た遠州公は、これで陰陽が備わったと、即座に挿花として愛でたという故事がある。鳥が実をつつき、実の中が表面に出ている情況を現し、鋏で「鳥の嘴当り」として疵をつけ、陰陽を備える方法が伝えられている。
しかし、未生流では自然の風情のままに、実物に陰陽を備えて用いることが大切であるとしている。挿花百錬に「実物を花として取り扱うときは表裏、内外、陰陽和合を備えて挿花とする。私を用いず、自然にまかすを以って当流の伝とする」とあるように、実の中が自然に現れているような風雅のあるものを選んで挿けるのである。また実物の表を前にみせて使うを「陽の扱い」とし、裏を前にして使うを「陰の扱い」として、陰陽を備えて挿けることもある。
34 木物 揉め方
枝を揉めるときは、両手の温もりでもって徐々に曲げていく方法をとるが、南天や梅もどき等の揉めがきかないものがある。その様な枝を揉めるときは、揉めるところを塩水に浸した紙で巻き、炭火などの火で熱を加えながら揉めるとよい。そして揉めた後は、元に戻らないように冷水で養っておく。
また、その他の揉めにくい木物などは、鋏で切り目をいれて切り揉めにしたり、手で折って折り揉めにしたりする。細い枝であれば枝を折り揉めにし、また太い枝であれば枝を切り揉めにするとよい。
35 花首 揉め方
花首揉め方・伝ある品の心得として、大輪の菊、百合、杜若、芍薬、椿、柘榴、南天と七ヶ条が伝書に記されている。
菊は花が常に上を向いて咲くものである。特に大輪の菊は思うような向きに花を揉めるのは難しい。これを揉めるには、花首と茎を一か所によらず数カ所にわたって、自然な感じに温めて揉めていく。また現在よく用いるワイヤー等を、茎の中に入れて揉めてもよい。
百合は花首が下に向く出生をもつ「臥す花」である。そのため勢いがない天蓋花として禁忌にふれることが多い。この百合を使うときには、一瓶の中に二三輪の花は上に起こしてやり、虚の姿として取り扱うものとする。そして残りは出生のままに下を向いた実の姿とする。この揉め方としては、花首の箇所にピン等を通して、花首を上に起こす方法などがある。
杜若は、莟を挿けてもやがて花が開いてしまい、花形が変わってしまう。よって杜若の花が開かないように、その茎の部分を少し切って、水があまり上がらないようにする方法がある。現在ではスプレーなどで、その姿を固めてしまう方法もある。また花の軸がゆがんで使い勝手が悪いときには直して使うものとする。花菖蒲やいちはつなども、杜若と同様の扱いとする。
芍薬の花が咲かないようにするには、菊と同様に濃い塩水を注入する方法がある。また曲がりのよくない軸のものに形のいい花がついているとき、この花茎だけを切ってしまって、曲がりのいい軸につけ代えてしまう方法が伝わっている。
椿も芍薬のときと同様に、花茎だけをつけ代えて、程よきところに花を咲かす方法が伝わっている。また柘榴も、芍薬や椿のときと同様にして、花茎だけをつけ代えることが許されている。
南天は水上がりが悪く、その実は垂れ下がるものが多いと勢いがない。そのため南天の実をうまく自然な感じに間引いて軽くすることで、全体的に立ち上がるようにする。
Lecture「 四季祝日 諸事の花
1 五節句
「五節句」とは月日ともに陽数である奇数の数字が重なり、大変目出度い重要な日とされたものである。物事を陰と陽という両気の性質で分けたとき、偶数を「陰」、そして奇数を「陽」と考える陰陽五行説のもとでは、この月日ともに奇数が重なる日は陽気が極まるときであるとされており、このときに厄祓いの行事が行われた。それぞれに季節の節目でもあり、体のけがれを祓い、また厄除けと無病息災を祈って、季節の産物の恵みに感謝する日である。
この五節句は一月一日の「元旦」、三月三日の「上巳」、五月五日の「端午」、七月七日の「七夕」、九月九日の「重陽」の五つの節句をいう。ただ一月一日は、奇数が重なった目出度い日という以上に重要な一年の始めの日でもあり、「元旦」に代わり一月七日の「人日」をもって「五節句」とすることもある。この「五節句」はもともとは中国の風習であった。日本には飛鳥時代に伝わり、次第に庶民層の間にも広まっていく。そして様々な風習と習合しながら行事として定着していき、江戸幕府が公式な年中行事として「五節句」を定めたものである。
1a 元旦の花
「五節句」の一つである一月一日「元旦」のときには、「元旦の節会」が行なわれた。元旦の節会とは、元日の朝賀の後に天皇が正殿である紫宸殿において、文武もろもろの役人に宴を賜る儀式のことである。この元旦の節会では、新年の会につながる三献の儀などが行なわれた。
この正月一日の「元旦の節会」と、正月七日の「白馬節会(あおうまのせちえ)」、そして正月十四・十六日の「踏歌の節会(とうかのせちえ)」の三つが「三節会」とされている。正月七日、この日に白馬をみると一年中の邪気を払うという故事より、天皇の御前に白馬を引き回し、天皇が群臣に宴を賜る儀式を「白馬節会」という。また、正月十四・十六日に国家安泰を祈念して歌舞が舞われ、天皇が群臣に宴を賜る儀式を「踏歌の節会」という。この三節会に、騎射や競馬などを行って邪気を払った五月五日の「端午の節会」と、五穀豊穣を神に感謝する十一月の新嘗祭の最終日に行われる「豊明の節会」の二つを合わせて「五節会」という。
一年の邪気を除くといわれる元日の朝に、その年初めて汲む水である「若水」を用意し、その年の福徳をつかさどる神である歳徳神(としとくじん)を迎えるために、元日から十五日までの松の内の間(現在では普通七日まで)、家々の門口に門松を飾って新年の無事を願った。また鏡餅を陰陽に二個重ねて一重として飾り供え、容易に折れない太い箸で餅の入った雑煮を食し、また屠蘇(とそ)の薬を酒の中に入れて、年の若い者から順に歳徳神のいる吉方に向って飲み、悪鬼を払った。
この元旦のときに挿ける花としては、注連の伝の若松を挿ける。「注連の伝」とは注連縄の故事からきたもので、芽出度い花の挿方を未生秘伝としたものである。この「注連の伝」には、正月一日の若松、同二日の伐竹、同三日の梅、一株扱いの万年青の挿け方がある。
注連とは注連縄のことを指し、この縄でもって境界を示し清浄・神聖な場所を区切り、そして神前に不浄なものの侵入を禁ずるようにした縄のことである。三筋・五筋・七筋と、順次に藁の茎を左旋にして捻り垂らし、その間々に紙垂(かみしで)を下げて、新年のときなどに門戸や神棚に張るのである。神代の時代、天照大神が天の岩戸からお出になった後、再び中に入られないように岩戸に縄を張った。この縄が「尻久米縄」で、注連縄の始まりとされている。正月に、門松とともに戸口に注連飾りを置くのも、家の中に悪霊を入れず、穢れを払い、そして無病息災・家内安全などを祈念してのことである。
注連の伝の若松として、用に陰陽二本、体に陰陽二本、留に陰陽二本、体用の間へ腹籠を一本、合計で七本を三才格で挿ける。体・用・留として、それぞれ挿ける長短二本の若松は、万物の成り立ちがこの陰陽という両気の消長によるものとする意を含んでいる。また、体と用の間に挿ける「腹籠」は、身籠っているもの、また生じるものを示すために、人間の腹の部分にあたる体の真中に挿ける。身籠り、そして五体満足に揃った嬰児(みどりご)が生まれるということは、生成流転し発展していく姿を意味するものである。
この時の松は姿の変りたるものを用いる。つまり、陰陽六本の松が黒松(雄松)であれば腹籠は赤松(雌松)を用い、また陰陽六本の松が赤松であれば腹籠は黒松を用い、それぞれ種類の異なった松を使うのである。もしくは、七本の内で芽の五つ揃った綺麗なのものを一本選んで、葉先をむしり取って緑を綺麗に出し、これを腹籠として他の六本と区別して用いる。いずれにしても、万物は七つ目において変化するという理に立ったものである。
また最後に、奉書で折り鶴を作り、金銀の水引七本を相生結びにして、用の下に金の水引がくるように結ぶ。若松の本数として七、五体生ずる腹籠の五、陰陽の枝で成り立つ天地人、そして体用留の三才格の三、この七五三をもって注連の伝(七五三の伝)とする。三筋・五筋・七筋と、順次に藁の茎を左旋にして捻り垂らし、その間々に紙垂(かみしで)を下げる注連縄(七五三)に通じる扱いのものである。
1b 上巳の花
三月三日は「五節句」の一つである「上巳」で、「桃の節句」である。古代の風習としては、この日を除厄の日として、水辺で身を清めて不浄を祓った。そして平安時代の宮中では、曲水の宴が張られ祓えが行われた。曲水の宴とは、曲水に臨んで上流から流されてくる杯が自分の前を過ぎないうちに、それぞれが詩歌を作り、杯をとりあげて酒を飲み、さらに次へ次へと流していく行事である。また祓えのときの紙人形である「形代」をつくり、己の穢れをその「形代」に移して川や海に流して不浄を祓った。これは流し雛の風習として各地に伝わっている。
現在では主に女児を祝う節句として、厄除けの人形である内裏雛を飾り雛祭りが行なわれている。内裏雛の並べ方としては、当初すべて男雛は向かって右、また女雛は向って左に置かれていた。向って右(そのものの左)は陽、いっぽう向って左(そのものの右)は陰であることに因る。
また桃には厄除けの意味があり、桃の実は三千歳の齢をもつ仙果とされている。重陽の節句における菊酒、そして端午の節句における菖蒲酒に対して、桃酒は百病を除くとされている。
この上巳の節句には、桃一色を挿けるものである。全体的には桃の若芽を主体として使って挿け、咲いた花は体添に、もしくは内用の枝に奥ゆかしく使って挿ける。これは陰の方につつましくある女性の在り方を示すものである。
また、このときに挿ける桃は一重にのもの限る。八重のものには毒があるとされているためである。桃の花が散ってしまっている時には、若芽の出た桃に、山吹などの草花をあしらって挿けてもよい。さらに広口を使って株分けにしたりと、数多く挿けたりもする。
1c 端午の花
五月五日は「五節句」の一つである「端午の節句」で、三月の女子の節句に対して、この端五の節句は男子の節句である。端は初めであり午は五のことであり、この「端五」とは「初五」の意味をもち、元々は月の初めの五日(牛の日)のことをいっていた。それが、数が重なる日を目出度いものとして、五月五日を代表として「端五」とされたものである。
古来より五月五日の重五の日に、邪気を払うため、菖蒲や蓬(よもぎ)を家の戸口にかけ、粽(ちまき)や柏餅を食べたり、また菖蒲洒を飲んだりして邪気を蔽う行事が行われていた。菖蒲は邪鬼を払い、また火災を除くとされている。菖蒲と尚武をかけて、近世以降は男子の節句とされ、甲胃・刀・武者人形などを飾り、庭前に鯉のぼりを立てて男子の成長を祝った。地方によっては、邪鬼を祓うとされる薬草の菖蒲湯に入る習慣などもある。
この端午の花としては、真菖蒲(さといも科)の葉に、花菖蒲(あやめ科)の花を使って挿ける。真菖蒲には花と呼べるものがないため、これに花菖蒲をあわせて使うのである。このとき用の葉に「実分の組み方」というものがある。真菖蒲は初夏の折に実のようなものが出てくるものがあるが、この実が出る心でもって、葉組した三枚の葉と二枚の葉の間を少し分けて挿けることを「実分け」という。
また真菖蒲と艾(よもぎ)の2種類を使って挿けたりしてもよい。このとき体と用に真菖蒲を、そして体の前添より留にかけて艾を使って挿ける。この葉組みをした真菖蒲と、自然のままの艾を使うこの挿け方は、体用の挿け方であるといえる。体用の挿け方とは、出生である「体」を重んじて挿ける一方で、花術である「用」として葉組みをし、同時に一瓶の下に挿けるものである。また、艾は陸物のもので極陽、いっぽう菖蒲は水草で極陰とされているが、本来は水草と陸物のものを同じところに使って挿けてはならない。しかし極陰と極陽は日月の如く両立しうるものであり、この両草をもって毒気を払う端午の節句として挿ける時だけは許されるのである。
また据物に挿ける時には、真菖蒲を姿よく二株・三株と挿けて、杜若や河骨などの水草をあしらって挿けたりしてもよい。上巳の桃節句、端午の菖蒲の節句、重陽の菊節句の三つを「三斉日」といい、特に邪を払う日とされている。
1d 七夕の花
七月七日は「五節句」の一つである「七夕」である。天の川の両岸にある牽牛星と織女星が年に一度出会うという七月七日の夜、この二星を祭る行事で、古来中国から乞巧奠として伝わり、江戸時代には五節句のひとつとされ民間にも広がったものである。庭前に供え物をし、葉竹を立てて願い事などを書いた五色の短冊を付け、また歌や字を書いて飾りつけ、書道や裁縫など芸事の上達を祈った。もともと七夕は、お盆の前に己の汚れを祓い清める行事のことをいった。水に汚れを流すという行いは日本独特の風習であるといえ、むしろ七夕の日には雨が降ったほうがよいとする地方まである。現在の七夕は、お盆の前に行う行事というよりも、星祭りの色合いのほうが濃くなり、お盆に行う先祖祭りと七夕の祭りと、それぞれ別に行われるようになった。
この七夕の花としては、体に苅萱(若しくは桔梗)、用に桔梗(若しくは苅萱)、そして留に女郎花を挿ける。桔梗は女性的な花で、いっぽう苅萱は男性的な花とされている。主体となる体に男性的な苅萱と女性的な桔梗のどちらを使うかは、挿ける者の感覚で決めて構わない。素朴な苅萱を牽牛に、そして色鮮やかな桔梗を織女に見立て、地上にてこの二つの星を仰ぐものとして女郎花を、風情良く合わせて三種の花を挿けるのである。体・用・留と一瓶に挿ける時に、桔梗と苅萱が互いに花を見切っても、風雅を感じるものであれば構わない。苅萱の中に桔梗がちらちらと有る如くに挿ける。
また広口に挿けるときは、株分けにして風雅に挿ける。水陸を分けて、五〜七種類と秋の七草(萩・薄・桔梗・撫子・葛・藤袴・女郎花)等の秋の花材を取り合わせ、初秋の風情を移しとって挿けてもよい。大広口であれば、飾り石で天の川を見立てて、九〜十一種と挿けることもある。
1e 重陽の花
九月九日は五節句の一つである「重陽の節句」である。陽数(奇数)で最も大きい、位の高いとされる九の数字が月日に並ぶことから重陽の節句とされている。この日、中国では高い丘などへ登る「登高」を行い、また菊の花を飾り、菊酒を飲み厄除けをした。日本でも、奈良時代より宮中では、杯に菊花を浮かべた酒を酌みかわして、互いに長寿を祝い、詩歌をつくって宴を楽しんだ「観菊の宴」が催された。江戸時代には、五節句の中でも最も公的な性質を備えた行事となり、武家の間では菊の花を浸した酒を互いに汲み交わして祝い、民間ではこのとき菊を飾って粟御飯が食されたりとした。菊は寿命を延ばす延寿の効があるとされている。また蘭・竹・梅と共に「四君子」のひとつとされている。
この重陽の花としては、菊五色を挿けるものである。体に白菊を、用に黄菊を、そして留に赤菊を挿け、それぞれの菊の葉を青とする。黒色の花はないので、水をもって黒と見立て、以上の白・黄・赤・青・黒でもって五色とする。
この重陽の花では、水も「五色」の黒という意味を成すものであるため、よく見えるように十一分にたっぷりと水を注いでおく。また、色々な菊を取り合わせて株分けに挿けたり、三重切の花器を使って三種挿けにしたりとしてもよい。
2 四季祝日の花
2a 正月二日の花
元旦には若松を、正月二日には伐竹を、そして正月三日には梅を挿ける。この松と竹と梅の三つは、厳しい寒さに堪えることから「歳寒の三友」と呼ばれ、目出度いものとして古くより慶事の際に用いられてきた。この松竹梅を、正月の三ヶ日に注連の伝として挿けるのである。
注連とは注連縄のことを指し、この縄でもって境界を示し清浄・神聖な場所を区切り、神前に不浄なものの侵入を禁ずるようにした縄のことである。三筋・五筋・七筋と、順次に藁の茎を左旋にして捻り垂らし、その間々に紙垂(かみしで)を下げて、新年のときなどに門戸や神棚に張るのである。神代の時代、天照大神が天の岩戸からお出になった後、再び中に入られないように岩戸に縄を張った。この縄が「尻久米縄」で、注連縄の始まりとされている。正月に、門松とともに戸口に注連飾りを置くのも、家の中に悪霊を入れず、穢れを払い、そして無病息災・家内安全などを祈念してのことである。
正月二日の花としては、この注連の伝の伐竹を挿ける。細い若竹を用いて、伐竹を長いものと短いものと二本挿けるのである。長い陽の竹には三節二枝を備えて体と用の枝をとり、竹の先を大斜に伐る。一方、短い陰の竹には二節一枝を備えて留の枝をとり、竹の先を平に伐る。このとき、竹の大斜の切り口が、平の切り口と向き合うように調和して挿ける。
ただし竹の節間が短いとき、陽の竹は三節二枝にこだわらず、陽数(奇数)の節と陰数(偶数)の枝とし、また陰の竹は二節一枝にこだわらず、陰数(偶数)の節・陽数(奇数)の枝としてもよい。陽の節に陰の枝をもつ長い竹は「陽中陰」、いっぽう陰の節に陽の枝をもつ短い竹は「陰中陽」である。陽の中に陰を宿し、そしてまた陰の中に陽を宿す。この姿に、内に宿る「腹籠」の存在をみてとることができる。
竹の葉には、「魚尾」「金魚尾」「飛雁」の三通りのものがある。体にはこの三通りの葉が平均して付いたものを選び、また用には「金魚尾」の葉が多く、そして留には「魚尾」の葉を多く備えるものを選んで挿ける。このように竹の葉の形態を変化させることで、自然にある陽気の移り変わりを示すのである。
最後に、金銀の水引七本を相生結びにして、用の下に金の水引がくるように結ぶ。以上、体・用・留の三つの枝、天地人三才の三、五つの竹の節の五、そして水引の七をもって、以上で注連(七五三)の伝とするものである。
2b 正月三日の花
正月三日には、注連(七五三)の伝の梅を挿ける。このとき、枝は古木を二本と、そして若枝を三本と、合わせて五本使って挿ける。この花形は三才格とし、最後に水引七本を相生結びにして、以上でもって注連(七五三)の伝とするものである。
古木は親の姿を、また若枝は子の姿を意味し、親二人に子が三人生まれていくという子孫繁栄の姿を現すものである。古木の二本は偶数(陰数)で陰を、そして若枝の三本は奇数(陽数)であり陽を意味する。この合わせて五本使う梅は、陰の中より陽が芽生えていく「陰中陽」の状態であるといえる。梅の姿は一本の古木で体と用の格を備えるのがよく、留は別のもう一本の古木を使う。そして若枝の三本を、この二本の古木より生じたように見せて挿ける。
梅はその生態から交叉する枝を多くもつ、そのために体の後あたりに「女格」を一ヶ所とる。この「女格」をとるとは、女という字の姿になるように枝を交差させて挿けることをいう。ただ必ず用いなければならないというものではない。梅の出生からどうしても交叉する枝があるので、これを出生のものとしてそのままにして挿けるという考え方のものである。これは、自然という体と、花術である用が相応した姿、つまり体用相応した姿であるといえる。
また他の植物に見られないほど成長の早い、ヅアイを程よいところへ高く使って挿ける。花は、体・用・留それぞれに、開・半開・莟のものがあるように、また片寄ることのないように取り合わせる。この梅中期の正月のときの梅を「孟春の梅」といい、「南性の梅」の珍花、そして「北性の梅」の残花と合わせて「三世の梅」という。「南性の梅」と「北性の梅」は、用に開のもの・体に半開のもの・留に莟を使って、自然の陽気の移り変わりを示す。それに対して、正月の時に挿ける「孟春の梅」は、開・半開・莟と、花全体に片寄ることなく混ぜ合わせて使って挿けるものである。また「北性の梅」のときは珍花であるので、ズアイは短く低くし、留・控あたりに使う。いっぽう「南性の梅」は残花であるので、ズアイは特に長く高くし、相生から体添あたりに使って挿ける。この七五三の伝のときの「孟春の梅」は、ズアイは高くあるものの、中庸に使って挿けるものである。
2c 人日の花
正月七日を「人日」という。中国では、正月一日を鶏の日、二日を狗の日、三日を猪の日、四日を羊の日、五日を牛の日、六日を馬の日、そして七日を人の日として、それぞれの日には、その動物を殺さないようし、この「人日」の日には、犯罪者に対する刑罰も行われることはなかった。また、天候でその年の運勢を占い、晴れなら幸の陽があり、そして曇りなら災いの陰があると、その日の陰陽から一年の動向を占った。
この正月七日「人日」のときに、人の命をつなぐ大切なものとして、春の七草(なずな、すずしろ、ごぎょう、はこべ、せり、すずな、ほとけのざ)を入れて炊いた粥を食べる風習がある。この七草を食すれば、その年の万病を除くことができるといわれ、江戸時代には将軍以下が集まって七草粥を食べて祝う幕府の行事なども行われた。この「人日」は「七種の節句」として、古くは「元旦」に代わって「五節句」とされていたときもある。ちなみに、春の七草に対して、秋の七種は、萩・尾花・葛花・撫子・女郎花・藤袴・朝顔(現在では桔梗)の七種をいう。
春の七草として、「なずな」は身近なものとしてペンペン草のことをいい、その味は甘く、消化機能を整えて血圧を下げるなどの作用がある。また「すずしろ」は大根のことで、胃腸に良いものとされている。「ごぎょう」はハハコグサのことで、春に花をつけてから根より引き抜いて陰干しする。そしてこれを煎じて飲めば、咳を止めるといわれている。「はこべ」はハコベラやヒヨコグサのことで、汁物に入れて食し、胃炎に効くとされている。また春の七草の代表格で、二千年も昔より薬草として用いられてきた「せり」は、根を捨てないで用い、その香りは強く、精神状態を安定させたり、肺を潤して咳を静めたりする効用がある。「すずな」は現代のカブのことで、大根よりも甘く、大根と似た薬効がある。「ほとけのざ」はキク科のタビラコの別称でホトケのツズレともいう。薬名は宝蓋草で、打撲、筋肉や骨の痛み、四肢の痺れに効くとされている。
この「人日」のときに挿ける花としては、「梅」「柳」「椿」を使って挿け、これにナヅナか若菜の葉を三葉・五葉と添えて挿ける。三元の冠花といわれ新春にちなむ芽出度いものとされている「梅」、また垂れ物であるがその勢い強く、成長が早く芽出度いものとされている「柳」、そして八千年の寿があるとされる「椿」、この「梅」「柳」「椿」を主体にして使うのである。これに添える花としてはナヅナか若菜の葉とするが、その時候にあった自然の花を応合って挿けたりしてもよい。
2d 上元の花
正月十五日は、三元(上元・中元・下元)の中のひとつ「上元」である。「陰陽五行説」に対して「三元論」というものがある。この「三元論」は物事を三つに分けて考えるもので、一年を上元(旧暦正月十五日)、中元(旧暦七月十五日)、下元(旧暦十月十五日)と三つの変わり目に分けて考えた。また、これは太陰暦で考えた日付であるので「十五日」は十五夜、つまり上元・中元・下元は、それぞれ満月の日であった。この満月である三元の日には夜祭りが行われ、そして終夜にかけて灯籠に日を灯して神を祭ったといわれている。そして「上元の日」には、小豆粥を食して一年の厄を除いた。
この「上元の花」としては、「梅」「柳」「椿」の三種類を挿ける。三元の冠花といわれ新春にちなむ芽出度いものとされている「梅」、また垂れ物であるがその勢い強く、成長が早く芽出度いものとされている「柳」、そして八千年の寿があるとされる「椿」、この「梅」「柳」「椿」を使って挿けるのである。
花器は広口を使って三才の石飾りをして、天石の後より小垂れた柳を挿ける。そして人石の後より椿を横姿に、また地石の後より古木の梅を横姿にして挿ける。梅は五・七輪の開花のものを使い、朽ちた幹より梅の若枝が生じてくるようにして挿ける。この梅は「陰中陽」と捉えることができる。
主位の石には客位の花を、そして客位の石には主位の花を挿ける。旧暦の十一月は子の月、旧暦十二月は丑の月、そしてこの旧暦一月は寅の月である。子の月は一陽来復、つまり陰の中に陽がようやく生じるときで、丑の月は、この生じた陽が長じるときである。そして、この寅の月は陽の定まる月であり、この時候を挿け花として床へ移すのである。つまりこの「上元の花」は、「陰中陽」の陽がしっかりとした確かなものとなってくることを現し、「陰」の中にも強い「陽」の気を感じ取れるように花を挿けるのである。
2e 節分の花
季節の移り変る時の分かれ目、すなわち立春(新暦二月四日頃)・立夏(新暦五月六日頃)・立秋(新暦八月八日頃)・立冬(新暦十一月八日頃)の前日を節分という。そして特に立春の前日(旧暦一月十三日頃/新暦二月三日頃)を、代表して節分という。これは立春が一年のうちで始めに訪れる節分であり、この日に内外の邪鬼を払う様々な行事が行われてきたためといわれている。この立春より暦の上では春となる。
立春の節分のときには、鰯(いわし)の頭を刺した柊の枝を戸口の前に立てて、「鬼は外、福は内」と称しながら、大豆をまいて邪鬼を払った。鬼が鰯の悪臭を受けて、柊のとげに刺されて逃げていくようにしたものである。また神社では節分祭として「追儺(ついな)」や「鬼遣(おにやらい)」の行事が行なわれた。「追儺」とは、鬼を払い疫病を除く儀式のことで、鬼に扮装した者を内裏の四門をめぐって追いまわし、邪気を払うといわれる桃の木で作った矢でもって鬼を射る行事である。
この「節分の花」としては、神の木と書く榊(さかき)を挿け、これに目出度い名をもつ福寿草を添えて挿ける。福寿草は「根遣い三種」のひとつとして、生きていく上で大切な根を切ることなく、縁起のよい吉事が永久に続くという願いをこめて白い根を見せて使う。本来、挿け花は草木の花・葉・枝のみを用いて挿けるものであるが、この「根遣い」の挿け方においては、根も使って挿ける。草花の源である根を切らずに、挿け花として用いることで、永久に流転する様を現したものである。この「根遣い」する花としては、この福寿草の他に富貴草、水仙と三種類のものがある。福と寿という目出度い名をもつ福寿草、富み栄え貴い富貴草、そして清純なるものを現す水仙の三種は吉なるものであるとされている。
また榊に、春の神に奉る花として、梅を添えて挿けたりとする。寒さをしのいで一年で最も早く咲く梅は三元(上元・中元・下元)の冠花、百花の魁として位の高い花とされている。この梅を榊に添えて、立春の前日にあたる「節分の花」として挿けるのである。
2f 中元の花
七月十五日は、三元(上元・中元・下元)の中のひとつ「中元」である。この中元の日は贖罪の日であるとされ、庭などで終日火を焚いて過去の罪を懺悔した。御世話になった人に贈物をする現在の贈答の風習は、この贖罪の意を込めたものとして残っているものである。
また、この中元の日には過ぎ行きた半年間の無事を祝って、盂蘭盆(うらぼん)の行事をして祖先を供養した。盂蘭盆とは、祖先の霊を死後の苦しみの世界から救済するための仏事であり、種々の供物を祖先の霊・新仏・無縁仏(餓鬼仏)に供えて冥福を祈った。この盂蘭盆の初日に、祖先の魂を迎えるために焚く火を迎え火といい、いっぽう最終日に祖先の魂を送るために焚く火を送り火という。また盂蘭盆の終りの日に、灯籠に火を点じて川や海に流して魂を送った。これを燈篭流しという。古来中国では、天地万物の根源である「太乙」、それを擬人化した「太乙帝」を、中元の日に祭って、その年の無事なることを祈った。
この「中元の花」としては、先ず広口を使って陰陽二石または三才の石飾りをして、黒白の石で水陸を分ける。そして伐竹に時候の花、特にミソハギを添えて挿けるものである。竹は陰の司であり、中元や仏事にはふさわしいものである。またミソハギは盆花であり、追善の花や中元の花のとき以外には用いることはない。仏の座とみなす天石には、陰性の竹と、仏に献じるミソハギを挿ける。そして地石には、仏を拝む姿として、ミソハギを横姿にして挿ける。
七月は「竹の春」といって若竹を愛する月であり、また一方で正月は「竹の秋」という。陽の司である松にとっては正月が「春」であるが、陰の司である竹にとっては正月は「秋」となる。そして、陰の司である竹にとっては七月が「春」であるが、陽の司である梅にとっては七月は「秋」となるのである。一切の物は生じてから三ヶ月目が、そのものの「春」とされる。この中元の七月に春を迎える竹、この竹にミソハギを添えて「中元の花」として挿けるのである。
2g 八朔の花
「朔」は一日を意味し、八月一日を「八朔」という。この「八朔」の頃は、台風や害虫の被害をこうむる事が多い。そのため「田の実の節句」として農家では穂掛けが行なわれ、風雨の順調や五穀豊穣が祈願された。穂掛けとは、稲の刈初めに穂を門戸などにかけて神に奉り、新米の収穫を神に感謝したものである。この農耕儀礼に源を発し、次第に武家から公家へと浸透していった。_ また江戸時代においては、この日は徳川家康が天正十八年(1590)八月一日に初めて江戸城に入城した記念すべき日として、幕府はこの日を特に正月に次ぐ祝日とした。さらに朝廷においても、「後水尾院當時年中行事」に「八朔」が恒例の行事として紹介されており、江戸時代に至っては貴賎の別なく盛大に行われていた。また、「田の実」を「頼み」と解し、君臣・朋友互いに頼み合うことから、その御恩を感謝する意味をもって、八朔の日に互いに贈り物をするようになったともいわれている。
この「八朔の花」としては、白梅・白萩・白菊・男郎花など、とにかく白い花を挿ける。八朔の頃は秋半ばであり、「五行五色」において捉えると、八朔は「西」の方向の「白」を現す時候であることから、このときの花として白い花のみを挿けるのである。五色とは「木火土金水」の五行の色をいい、東は「木」にして青色を、南は「火」にして赤色を、西は「金」にして白色を、北は「水」にして黒色を、中央は「土」にして黄色を現す。そして四方から中央に至って、この五色が生じるものとされている。
また梅の早咲きで、八朔の頃に咲く梅を八朔梅といい、「八朔の花」としてこの梅を用いるときは少し色のついたものでも構わないとされている。
2h 乙朔旦の花
「朔旦(ついたち)」は月の初めを祝うものである。そしてその年の最後の「朔旦」となる、十二月一日を「乙朔旦(おとついたち)」という。長男を太郎といい、年の初めの月である一月を「太郎月」という。また末の子を乙子といい、年末の月である十二月を「乙子月」という。十二月一日は「乙子月」の「朔旦」であるので「乙朔旦」とされた。
この「乙朔旦」のときには、乙子の祝いとして、末の子の成長を祈って餅をついて食べた。これを乙子の餅という。また川浸餅(かわびたりもち)といって、水難除けを祈願して水神を祭り、餅をついてこれを水神に供えた。
「乙朔旦」の花としては、梅・椿などの花を挿ける。年の最後の朔旦である「乙朔旦」のときに、今年一年が無事に過ぎたことを感謝し、めでたく春陽を迎えるこころで、春めいた花を使って挿けるのである。
月の初めを祝う朔旦の中でも、元旦(一月一日)・八朔(八月一日)・乙朔旦(十二月一日)を始・中・終の「三朔」として、このときには格別に神仏を祭るものとされている。また、元旦・氷室の節供(六月一日)・田の実の節句である八朔(八月一日)を「三朔」とすることもある。
2i 事始の花
十二月十三日は、古より天地が穏やかで憂いのない穏やかな日であり、このときより新年を迎える用意を始めるのである。このときを「事始」という。
その年の福徳をつかさどる神である歳徳神(としとくじん)を迎えるために、身心を清めて、すす払いや大掃除をして家を清める。この歳徳神のいる方角を「明の方」また「恵方」といい、万事にわたって吉であるされている。またこの日は、歳徳神をお迎えする神棚(恵方棚)を設え、歳徳神が降りてくるときの目印となる門松や松飾りに使う木を、「恵方」に当たる山へ取りに行く「松迎え」の日でもある。正月飾りは、二十九日に行うと「苦立て」とされ、また三十一日に行うと「一夜飾り」になるといって忌み、それまでに飾るものとされている。
この「事始」の花としては、梅にシダを応合って挿け、福徳をつかさどる歳徳神に奉る。シダは冬至の後に若芽を生じるものであり、正月にも用いる目出度いものである。この若葉が綺麗なシダを、三元の冠花といわれ新春にちなむ芽出度いものとされている梅に添えて挿けるものである。
2j 下元の花
十二月十五日は、三元(上元・中元・下元)の中のひとつ「下元」である。この「下元」のときに、その年が無事に過ぎ行きたことを感謝してお祝いを行った。十五日は毎月祝うものであるが、上元(正月)・中元(七月)・下元(十二月)は始・中・終の三元として、格別大切に神・仏を祭り祝うものである。「上元」は人々に福を与え、「中元」は人々の罪を許し、そして「下元」は災厄を除くという三元思想に基づき、「上元」には天官(天神)を、「中元」には地官(慈悲神)を、そして「下元」には水官(水と火の神)を祭った。また、この「下元」は古では十月十五日のときをいった。
この「下元」のころは、冬が深まって草木は枯れゆくものの、その中には春の陽の気を含んでいる。「事始」も済んだ後のことであり、新年の春を待つこころでもって、ゆずり葉を挿け、これに万年青や藪柑子などを応合って春の神に奉げる。
ゆずり葉は、若い新しい葉が開いて育成した後に、古い葉が譲って落ちていく出生をもつ。このゆずり葉を主体に使って、旧年と次にくる新年の両年が、変わらず安泰であることを願って挿けるものである。
2k 冬至の花
「冬至」は「二十四節気」のうちのひとつで、陰が極まって一陽来復する「極陰」の時候である。この「極陰」のときに、はじめて内より「陽」が再び芽生えるといわれている。また「冬至」は「日短きこと至る」を意味し、古代では「冬至」の前後になると太陽の力が弱まり、人間の魂も一時的に仮死する。すなわち、陰極まれば万物みな衰えて、太陽の巡り帰ってくる「一陽来復」によって再びよみがえるものと考えられていた。
この「冬至」のとき、北半球では、正午における太陽の高度が一年中で最も低くなり、夜が最も長く、日が最も短くなる。現在使われている「太陽暦」では十二月二十二日の頃で、旧暦の「太陰太陽暦」では十一月下弦の頃になる。
新暦である「太陽暦」は古代エジプトに始まり、旧暦である「太陰太陽暦」は中国で作られた。また「太陰暦」はイスラム諸国で現在でも使われている。「太陰暦」の基準となる月の満ち欠けの周期は二十九日半で、それを一か月として一年を計算すると三百五十四日余りとなり、「太陽暦」に比べて一年が十一日短くなってしまう。よって約三年に一度の割合で一年を十三ヶ月とした。これが旧暦「太陰太陽暦」の閏年である。そして季節とのずれを解消するため、暦と季節との関係がはっきりするように季節の標準を暦に書きこみ、「二十四節気」として気候の推移を表した。
「二十四節気」のうちで、立春から始まる奇数目、すなわち「立春、啓蟄、清明、立夏、芒種、小暑、立秋、白露、寒露、立冬、大雪、小寒」を『節』といい、季節の指標とされた。また、雨水から始まる偶数目、すなわち「雨水、春分、穀雨、小満、夏至、大暑、処暑、秋分、霜降、小雪、冬至、大寒」を『中』といい、これは月名を現すものである。またこの「二十四節気」の中でも、「二分、二至、四立」を『八節』といい、特に重要なものとされた。「二分」は「春分、秋分」を、そして「二至」は「夏至、冬至」を、また「四立」は「立春、立夏、立秋、立冬」をいう。
この「冬至」のときには、民間の間では冬至南瓜や冬至粥を食べたり、柚子をいれた冬至風呂につかったりして疫鬼を払った。また冬至の月である旧暦十一月中旬の卯の日には、太陽の復活を祝い、豊かな実りを感謝する祭りが行われた。この毎年行なわれる祭りを「新嘗祭」と呼び、新しい天皇が即位された際に行なう一代一回限りの大祭りを「大嘗祭」としている。古来より日本人は、米や酒などのものより、生あるものに至るまで、万物の全ては自然の一部であるとし、このような自然に感謝する祭りを行ってきた。
この「冬至」のときの花としては、先ず梅を挿けて、これにフキノトウ等の実物を添える。冬至の頃に咲く梅を冬至梅という。一陽来復するときであるとされている「冬至」の時候に、これにふさわしい花として梅を主体にして挿けるのである。
また実物は、その外は「陰」であって、実の内は「陽」である。実物は「陰」の中に「陽」を含ませている「陰中陽」のものであるといえる。実物の扱いとして挿花百錬では「実物を花として取り扱うときは表裏、内外、陰陽和合を備えて挿花とする。私を用いず、自然にまかすを以って当流の伝とする」と、実の中が自然に現れているような風雅のあるものを選んで挿けるものとしている。ただ、この「冬至」のときに扱う実としては「陰陽和合」ではなく、「陰」の気の中にようやく「陽」の気が生じた「極陰」「陰中陽」の風情でもって挿ける。陰が極まってようやく陽が芽生える、一陽来復するときとされている「冬至の時候」をここに現して挿けるのである。
3祝事の花
3a 誕生の花
高位の方の子が誕生したときには、最も目出度いとされる「松竹梅」を挿ける。しかし一般的には「誕生の花」として、竹に五葉の松を挿け、この五葉の松の根元に草花や、実を結ぶことにつながる実物などを添えて挿ける。また、五葉の松もしくは白梅を挿けて、これに白玉椿を添わして挿けたりもする。
五体満足を現す五葉の松、そして寒冬を凌いで一年の最も最初に咲く梅、また八千年の齢があるという椿や、濁りのない色で清純無垢な目出度い色である白の花を用いるのである。
白玉椿を挿けるときは、冬を越すとき霜から花を守るために、花の上に反転した葉である「霜囲いの葉」を使い、そしてまた花の下に左右二枚出て花を守っている葉である「挾葉」を使って挿ける。これは、椿の花を子に見立て、それを守る葉である「霜囲いの葉」と「挾葉」を庇護する親の姿として捉えたものである。
以上の挿け方以外にも、七五三の若松を挿けてもよい。さらに、菊・芍薬・万年青・太蘭などの勢いの強い芽出度い花などを使って、子の誕生を祝ってもよいが、このとき花は白いものでなければならない。枝先の力がなく垂れ下がるものや名の悪い花は、このような目出度い席に使ってはならない。
3b 七五三の花
男児は三歳と五歳に当る年の十一月十五日、そして女児は三歳と七歳に当る年の十一月十五日に、それぞれ氏神に参詣する。このときを七五三の祝いという。昔は三歳の男児・女児の祝いを「髪置の祝」、そして五歳の男児の祝いを「袴着の祝」、また七歳の女児の祝いを「帯解の祝」といった。
三歳に当る年の十一月十五日「髪置の祝」のとき、男児・女児ともに生まれてきたときの胎髪を切って、このときより髪を伸ばし始める。そして麻で作った白髪をかぶって、氏神に参詣して長寿を祈った。この「髪置の祝」の花としては、寿命永く髪が長く伸びるようにと、垂れ柳に白玉椿を添えて挿ける。また垂れ柳に、濁りのない色で清純無垢な目出度い色をもつものとして、水仙などの白い花を添えて挿ける。
男児は、五歳に当る年の十一月十五日「袴着の祝」のときに、親族のなかの長たる人物に初めて袴をはかせてもらう。このとき、吉方に向けて左足から袴をはかせてもらうものとされている。そしてその後、氏神に詣でるのである。この「袴着の祝」の花としては、男児が正しく、清く、また強く成長するようにと「白梅・福寿草」「白梅・千両・寒菊」「南天・芒・水仙」などの、濁りのない白い花や、実を結ぶことにつながる実物、また勢いの強い花などを選んで挿ける。
女児は、七歳に当る年の十一月十五日「帯解の祝」のときに、着物の付けひもを解いて、吉方に向って初めて帯をしてもらう。そして氏神に詣でるのである。この「帯解の祝」の花も、「袴着の祝」のときと同様に、正しく清く、そして強く成長するように花材を慎重に選んで挿けるものである。
3c 元服 髪上の花
「元服の祝い」とは、男子が十一歳から十七歳のころ、ようやく成人になったことを祝うもので、このとき男子は髪型や服装を大人のものに改めて、頭に冠をかぶる「加冠の儀式」を行なった。元服は人生の大事な節目であって、生まれた年と没した年に加え、この元服の年は必ず系図にも記されるものであった。また、この「元服の祝い」は正月に多く行われた。
いっぽう女子は、成人して垂れ髪を束ねて結い上げる「髪上の祝い」を行なった。また鉄漿(かね)を初めてつけて歯を黒く染め、成人した女子や一人前になった芸妓を祝う「鉄漿付け(かねつけ)の祝い」などもある。この鉄漿(かね)とは御歯黒(おはぐろ)のことで、歯を黒く染めるものである。現在では、満二十歳に達したときに男女みな成人とし、一月第二月曜日が「成人の日」とされている。
「元服の祝い」「髪上の祝い」と、成人を祝うときの花としては、八千年の齢を持つとされる白玉椿を一種だけ用いて挿ける。もしくは、清浄な白い花を挿けて成人を祝うものである。白い花は濁りのない清純無垢な姿を現すものであり、成人した男女がそのような姿であり続けることを祈って、白い花を一種のみ使って挿けるのである。
3d 婚礼の花
高位高官の御方の婚礼の際には、注連の伝の「松竹梅」を挿ける。また一般的な婚礼の際には、松と竹を二瓶にして挿けるものとされている。このとき、床には掛け物を掛けず、ただ空座にして、中央に神酒を木地の三方に載せて供する。そして神酒の左右に、明り口のほうには男蝶の銚子を、床柱のほうには女蝶の銚子を、それぞれ木地の三方に載せて飾り置く。新郎と新婦が婚礼に出る前に、男蝶女蝶の銚子の酒を三献づつ神に献じるのである。
正月元旦の花は注連の伝の若松を挿け、二日は注連の伝の伐竹を挿け、そして三日は注連の伝の梅を挿ける。正月と婚礼は両者ともに、物事の初めとして大切な節目であり、婚礼のときも正月と同様の考えでもって花を挿けるものである。「松竹梅」をひとつの器に挿けるということは、三則一に帰することを現し、これは天円地方和合の姿であるといえる。すなわち「松竹梅」という天地人「三才」の現象を、一なる本質に帰せしめるものである。
松は千年の緑を尊ぶもので、竹は万木千草に勝れて成長が早く、梅は他の花に先駆けて咲く。昔、中国の晋の武帝が、学問に親しんだ時には梅の花が咲き、学問を止めると咲かなかったという故事から、梅には好文木という名がつけられ、「三元の冠花」とし花中の君子として尊ばれた。中国では、松・竹・梅を「歳寒三友」、これに蘭を加えて「歳寒四友」、また松・竹・梅・菊に石を取り合わせて清いものの総称「五清」とした。
この松竹梅は、陽の司(松)と、陰の司(竹)と、そして三元の冠花(梅)の三つを一瓶のもとに挿け、目出度い最上のものである。よって元旦・婚礼ただし高位高官に関してのときのみ挿けるものとし、軽々しく挿けてはならないとされている。
高位高官の御方の婚礼の際の「松竹梅」の挿け方として、薄端または広口を使い、先ず中央に伐竹二本を挿ける。このとき、長い陽の竹には、三節二枝を備えて体と用の枝をとり、竹の先を大斜に伐る。一方、短い陰の竹には、二節一枝を備えて留の枝をとり、竹の先を平に伐る。このとき竹の大斜の切り口が、平の切り口と向き合うように調和して挿ける。ただし竹の節間が短いとき、陽の竹は三節二枝にこだわらず、陽数(奇数)の節と陰数(偶数)の枝とし、また陰の竹は二節一枝にこだわらず陰数(偶数)の節・陽数(奇数)の枝としてもよい。長い竹は「陽中陰」、また短い竹は「陰中陽」である。この中に腹籠の存在をみてとることができる。つまり、陽の中から陰が生じ、そして陰の中から陽が生じる。父親(陽)が強ければ女子(陰)が生じ、いっぽう母親(陰)が強ければ男子(陽)が生じるという。これは「陽中陰」・「陰中陽」の考え方に因るものである。
竹の葉の成長の状態で、葉先が二葉開いた状態のものが「魚尾」、その中葉が伸びて未だ開いていない状態が「飛雁」、その中葉が開いて三葉となった状態が「金魚尾」である。体にはこの三通りの葉があってよく、陽気を受ける用は成長した「金魚尾」を多く使い、留はその逆に「魚尾」を多く備えるものとする。
そして明かり口のほうに注連の伝の松を挿け、床柱のほうに注連の伝の梅を挿ける。竹を立姿に、松を半立姿に、梅を横姿にして、一瓶のもとに挿ける「松竹梅」の姿は方形体であるといえる。
最後に、足下には水引七本を相生結びとし、金は松のほうに、銀は梅のほうに出して使う。陽を尊ぶ慶事の時の水引のかけ方として、向かって右(陽)には水引の金・紅が、そして向かって左(陰)には水引の銀・白がくるようにする。挿け花の時の水引としては、「用金」といい、花の姿の用の下に金がくるように水引をかけることとされている。参考として、陰を尊ぶ凶事・仏時の時の水引としては、向かって右(陽)には水引の黒が、そして向かって左(陰)には水引の白がくるようにする。以上が、高位高官の御方の婚礼の際の「松竹梅」の挿け方である。
また、新婦が神聖な白無垢の姿で婚礼の盃事を終えたのち、色物の着物に着がえる「色直しの席」には、陽気なる目出度い花を十分に派手に挿けるものである。このとき垂れ物、弱き物、名の悪いもの、赤色の物を挿けてはならない。
次に、一般的な婚礼の際には、松と竹を二瓶にして、それぞれ対にして挿けるものである。明り口のほうには松を挿けて、陽を司る高御産巣日神(たかみむすびのかみ)と、陽の伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を祭る。また床柱のほうには竹を挿けて、陰を司る神御産巣日神(かみむずびのかみ)と陰の伊弉冊尊(いざなみのみこと)を祭る。このときの花器としては、八神を現す八角の銅製のものを用い、花台は木地の真のものを使う。そして、松と竹ともに水引七本を相生結びにして、花の姿の用の下に金がくるように水引をかける。全て生あるものは、陰陽という二神によって、生じたものであるということを改めて感じることが大切である。
婚礼は子孫繁栄の基となる大事なものである。このときに改めて、人というものが生じた万始の古に遡り、古きに想いを馳せて考えるべきであろう。
古の頃は自然の気が混沌としていて、天と地というものが未だ分かれず、鶏卵の中身のように固まっておらず、ただぼんやりと何かの芽生えを含む「未生」の状態であった。やがてその中で澄んで明らかなものは、昇りたなびいて天となり、また濁ったものは、重く沈み滞って大地となった。そして、この天地の中に一物が生じて、形は芦の如く、神と化身したといわれている。
この天と地が未だ分かれていない古の頃、高天原には天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)という宇宙創造「太極」の神が存在していた。そして後に、陽を司る高御産巣日神(たかみむずびのかみ)と、陰を司る神御産巣日神(かみむすびのかみ)という「両儀」の二神が生じて、始めて天地という陰陽が開いたものである。この「太極」と「両儀」という三柱である三神は、それぞれ独立したものとして「造化三神」と呼ばれている。この陽を司る高御産巣日神と、陰を司る神御産巣日神は陰陽和合して、その後に数多くの神が生じていく。
この天と地が生成された頃、下界は一面、原始の海に大地はその上を浮遊する雲や魚のような状態であった。その中で、天と地の狭間に葦の芽が生え、そして宇麻志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこじのかみ)が生じる。この神は混沌の中からアシカビ(生命)として生まれたことを意味している。また、天之常立神(あめのとこたちのかみ)が、この宇麻志阿斯訶備比古遅神と対になって生じ、混沌の中からトコ(土)として生まれたことを現す。つまり神々や人間など、いわゆる生あるものは「泥中の葦の芽」から生まれたということができる。以上の五柱の神は、別天津神(ことあまつかみ)とし、創造神とされている。
続いて、国之常立神(くにのとこたちのかみ)、豊雲野神(とよくもののかみ)が生じる。また二神で一代の対偶神として、宇比地邇神(ういじにのかみ)・須比智邇神(すいじにのかみ)、角杙神(つのぐいのかみ)・活杙神(いくぐいのかみ)、意富斗能地神(おおとのじのかみ)・大斗乃弁神(おおとのべのかみ)、於母陀流神(おもだるのかみ)・阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美命神(いざなみのかみ)の神々が生まれ、ここまでの神々のことを神世七代と言う。
神世七代の最後の一対の神である伊邪那岐神と伊邪那美神は夫婦神で、陽の伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と、陰の伊弉冊尊(いざなみのみこと)は、天浮橋に立ち、天の沼矛を降ろして混沌なるものをかき混ぜた。すると、矛の先から滴る潮から、淤能碁呂島(おのころじま)ができた。二人はその島に天下って天御柱を建て、その天之御柱を中心にして、陽の伊弉諾尊が左旋し、陰の伊弉冊尊が右旋して、互いに合生じあうことで国が産まれたという。このように陰陽という両極なるものが作用することによって、万物が生じていったのである。そしてより、本州、四国、九州など八つの島々を生み、国生みを終えた後は、さらに風、水、海、山、草など、次々に神を生んでいく。その数は三十五神に上るといわれている。
宇宙創造の太極の神である天御中主神の一代と、陰・陽の神である神御産巣日神、高御産巣日神の二代までの三神を造化三神といい、また我が民創造の神である伊弉冊尊、陽の伊弉諾の三代までを造化三代という。
婚礼は人道一世の大礼であるので、この席の花には、松と竹をそれぞれ二瓶にして挿けるものである。竹の代々に久しく、香具山の昔を以って備え、松は千歳の永きを祝い、これに腹籠りの緑を入れて子孫長久相続の守とする。そして金銀紅白の水引七把で相生結びにして、注連の伝として陰陽の神である産巣日神を祭るのである。
3e 家名続目 入院の花
「家名続目」とは、戸主の隠居や死亡に伴って、長子が家名・跡目を継ぐものである。一方、「入院(じゅいん)」とは、戸主が長子に家名を譲り隠居すること、また出家することをいう。
先ず「家名続目」のときの祝いの花としては、ゆずり葉を挿ける。また、ゆずり葉に白梅などの位の高い花をあしらって挿けたりとする。ゆずり葉は、新しい葉が育成してから、古い葉が譲って落ちていく出生をもつ常磐木である。長子の成長を待って戸主である父が引退し、そして今後も家名が代々と続いていくことを願って、ゆずり葉を挿けるのである。ゆずり葉に添える梅は、他の花に先駆けて咲くものであり、この清純な白梅は古木扱いにして挿ける。古木は代々伝わるもの、そしてその古木から新しい白梅が生じていくような姿にして挿けるのである。ここに、「陰中陽」の姿が現されている。
「入院」ときの祝いの花としては、開くということを嫌い、よって開く花の類のものを使ってはならないとされている。退いた後には、潔く陰に徹するべきものとの考えからのものである。この「入院」の祝いのときは、五葉の松を一種のみ使って挿ける。松は千年の緑を尊ぶもので、古今に渡って色をもたず、また五葉の松は木火土金水という五行を現すものである。退いた後は、華やかなものを避け、太極・両儀・三才・五行と万物の辿ってきた流れを、ただただ感じ、己の内で深めていくことが大切なのである。また陰の司である竹に、実物や清浄な白い花の莟だけのものを添えて挿けることもある。このとき、実物は赤いものを使ってはならない。他の祝い事の折には、目出度い花や位の高い花などを用いて挿けるが、この「入院の花」は祝事といえども華やかに花を挿けるものではない。
3f 厄年の花
「厄年」とは、人の一生のなかで厄にあうおそれが多いとして忌み慎まねばならないとされている年である。現在では、男は数えで二十五歳・四十二歳・六十一歳、そして女は十九歳・三十三歳・三十七歳が「厄年」とされている。また特に男の四十二歳は死に結びつき、女の三十三歳は散々なもので大厄とされ、その前後の年も前厄・後厄として慎むべきときであるとされている。
未生流伝書では「人間も生まれてより六年が経ち、七歳で初厄を迎える。これより十三歳で二の厄、十九歳で三の厄、二十五歳で四の厄、三十一歳で五の厄、三十七歳で六の厄、四十三歳で七の厄を迎える。厄が一回りして七つ目の厄を迎えた四十三歳は大厄である。よって前年の四十二歳の時に、神仏を祭り厄難がないように祈るのである。四十九歳は八の厄、五十五歳は九の厄、六十一歳は十の厄となる。この十の厄を迎えて、十干・十二支の生まれた年の干支に戻るので全ての厄が終わることになる。これを本卦帰り